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[J1残留へOBからの伝言・中]中村直志さん、基本をこつこつ それが近道

2019年10月26日 02時00分

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ボランチとしてJ1初優勝を支えた現役時代の中村直志(隈崎稔樹撮影)

ボランチとしてJ1初優勝を支えた現役時代の中村直志(隈崎稔樹撮影)

 名古屋グランパスにとって最初のJ1残留争いは、2005年だった。FWウェズレイら主力が途中退団し、9月にネルシーニョ監督解任。5年目の中村さんは、主力MFだった。
 「このまま淡々と過ごしていたら(J2に)落ちると思っていた。落ちれば、次の年の生活が変わる。契約なので。どこかでサッカーはやれても、グランパスではやれないかもしれない、という危機感があった」
 13位で迎えた第31節の首位・G大阪戦(豊スタ)前には選手ミーティングが行われた。
 「テレビとソファがある当時のリラックスルームで選手ミーティングがあった。はっきり覚えてないけど、主将の楢さん(楢崎)が集めたのかな。一人ずつ『どうしたらいいか』を腹を割って話した。G大阪に勝った(2-1)ことが、ターニングポイントだった」
 05年は14位で残留し、中村さんは34試合7得点のキャリアハイを残した。だが、チームは06~07年も降格圏付近をさまよう低空飛行。中村さんは、配置転換やレギュラー落ちを経験した。
 「一番に考えていたのは『初心に戻る』。過去の実績があっても、今の自分は何もできていない。それを認識した上で走る、攻守の切り替えを素早くといった基本をこつこつやるしかない。それが、逆に近道になると気付けた」
 08年にストイコビッチ監督が就任すると、大規模な戦力補強も功を奏し、10年にJ1初制覇を果たした。
 「残留争いを経験した選手はどれぐらいいたんだろう(笑)。でも、僕は05~07年の苦しい経験が生きた。10年もよくない時期があった。メンタルが強くなったと感じたし、均衡した展開で気持ちが勝っていた試合は多かった」
 J1復帰後、グランパスは2年連続の残留争いと厳しい状況にいる。クラブ一筋を貫いたOBから現チームに伝えられることは

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