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千寿デンタルクリニック(名古屋市南区) 院長 板倉康夫さん(64) 訪問歯科 効率より使命感  

2021年3月2日 05時00分 (3月2日 12時19分更新)
 二月下旬、名古屋市内の高齢者夫婦の家を訪れるなり、着替え始めた。この日のテーマは「ひなまつり」。羽織の肩には十二単(ひとえ)の姫君に見立てたサルの人形が鎮座する。色鮮やかな衣装に長い髪を後ろで束ねた姿は、とても歯科医師には見えない。

マッサージ機を手にコスプレ姿の板倉さん


 「ご家族に、少しでも笑顔の機会をつくれたらと思ってね」
 四月は桜吹雪の衣装、五月はこいのぼりを背負い、夏は涼しげなペンギン、十二月はサンタクロース…。時には水戸黄門にもなる。どんな格好をするかは、相棒の歯科衛生士・岩田敦子さん(54)が考える。
 訪問歯科の中身も型破りだ。取り出したのは、小型のマッサージ機。慣れた手つきでベッドに横たわる男性(75)の体位を変えながら、背中、足の裏などに機械をあてていく。男性は寝たきりで胃ろうを付け、声も出せない。続いて足や腕のストレッチ。げんこつ状態で固まった左手も丁寧にさする。
 「口は全身の一部。全身が良くなれば口の中も良くなる」が持論だ。特に寝たきりの患者の場合、固まりやすい筋肉をほぐすと、唾液の分泌などが改善されるケースが多く、誤嚥(ごえん)性肺炎の予防に役立つ。
 この一軒だけで一時間がかかった。診療報酬を考えれば効率的とはいえないが、患者の体の状態が改善されれば、介護者の励みになる。「その喜びには代えられないよ」と笑う。夫を十年以上にわたって介護してきた妻(68)は「ここまでやってくれる人、いません。本当に心強いです」と感謝する。
 愛知県豊田市生まれ。神奈川歯科大を卒業し、東京・渋谷の歯科クリニックに勤めたが、院長が急死し、二十代で院長になった。もともと、収入より自分の興味を優先する性格だ。かみ合わせの研究から顎関節症に関心を持ち、体の重心を考慮した治療や、スポーツ選手が使うマウスピースに取り組んだりしたが、次第に経営が傾き、二〇〇八年に閉院した。
 訪問歯科医療の世界にやりがいを見いだし、愛知県に戻ったのは一二年だ。高齢者や障害者のもとへ足を運び、動ける喜び、食べる喜びを支えることに情熱を注ぐように。岩田さんと知り合い、一六年に訪問中心のクリニックを構えた。今は三十人の患者を診る。
 「どうすれば効果が出るかを考え続けることが大切。それが介護者の意欲を高めるし、心と心がふれあえば笑顔が生まれる」。人懐っこい目に、使命感が宿った。 (編集委員・安藤明夫)

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