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<あいちの民話を訪ねて>(27)紙張り地蔵さん(名古屋市中区)

2021年2月28日 05時00分 (2月28日 05時00分更新)
参拝者によって白い紙が全体に張られている「紙張地蔵尊」=名古屋市中区大須2の陽秀院で

参拝者によって白い紙が全体に張られている「紙張地蔵尊」=名古屋市中区大須2の陽秀院で

  • 参拝者によって白い紙が全体に張られている「紙張地蔵尊」=名古屋市中区大須2の陽秀院で
  • 境内にある他の地蔵には、参拝者が作った前掛けが重ねられている=名古屋市中区大須2の陽秀院で
 「紙張り地蔵さん」は名古屋市中区大須二の陽秀院に現存する。
 陽秀院の「紙張地蔵尊略縁起」によれば、一六三四(寛永十一)年、当時の住職のもとを訪れた、ある檀家(だんか)が「娘の腹部に悪性の腫れ物ができた。苦痛を見るに堪えない」と訴えた。この後、夢のお告げを受けたのは住職で、伝え聞いた檀家がその通りに紙を張って祈願すると、娘の腫れ物は治ったという。
 三百八十年余を経て、寺の山門を入った左側に、全体に白い紙が張られた地蔵が置かれている。頭や胸、腰、足。原形はわからない。木村浩範住職(57)は「痛みや病を何とか治したいという、人々の気持ちが表れた姿」と話す。
 木村住職によると、戦火の中で山門と地蔵だけは焼失を免れた。地蔵堂には千羽鶴のほか、水子供養のためのぬいぐるみや玩具が置かれている。縁日の毎月二十八日、地元を中心に多くの人が訪れる。
 物語は、中京女子大(現至学館大)教授を務めた故芥子川律治(けしかわりつじ)氏の作。一九八四年刊行の「続・名古屋の伝説」に収録され、執筆に当たり江戸後期に著された「金鱗九十九之塵(こんりんつくものちり)」を参考にしたと説明している。
 (西田直晃)

 大須の寺に小...

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