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ノムさん、夢よもう一度 居酒屋で用足しを優先したばっかりに…【竹下陽二コラム】

2021年2月25日 11時26分

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楽天時代の野村克也監督

楽天時代の野村克也監督

◇生涯一野村番がつづる「ノムさんジャーニー」その10
 奇妙な夢だった。ついに、ノムさんが夢に出てきた。昨夜というより、今朝方の話。つまり、見たてのホヤホヤなのである。不思議な夢だったなあと思いながら、今、これを書いている。
 昨年は結構、野球関係者の夢を見た。中日、阪神、楽天の監督を務めた闘将、故星野仙一さんとか、西武の黄金時代の名将で、現在はハワイで暮らす森祇晶さんも出てきた。いずれも、お世話になった監督さんであるが、最も、影響を受けたノムさんの夢を見ることはなかった。1周忌も過ぎた。冷たいぜ、ノムさん。いいかげん、1回ぐらい出てこいやあーと思ってた矢先のご登場である。
 ふと、気付くと、私は居酒屋にいたのである。目の前のテーブルでノムさんが見知らぬ男性と食事をしている。お、ノムさんだ! と思った。実のところ、ヤクルト、阪神の担当記者として、さらには、担当記者を外れてからも、膨大な時間をノムさんと過ごしてきたが、今となっては、後悔ばかりである。あれも聞けば良かった、これも聞けば良かった。周囲の記者には、結構、私はズケズケとノムさんに質問していたと思われているようだが、実際は、しつこいと思われたくないあまり遠慮ばかりしていた。ストーカーと思われてもいいから、もっと、しつこくすれば良かったと思う今日この頃。
 だから、目の前に現れたノムさんを見て、千載一遇のチャンスと思った。夢の中で、質問攻めにしようと思ったのは覚えている。と、その瞬間である。あろうことか、オシッコをしたくなったのだ。どうしても、我慢できない。よし、トイレで用を足して態勢を整えてからにしようと思った。何も慌てることはない、ノムさんは逃げはしないと。しかし、これが、運命の分かれ道。トイレに向かおうと方向を変えたら、もう、場面が変わっていた。ノムさんはどこにもいない。チャンスに後ろ髪はなかった。目覚めると、尿意が襲ってきた。辛うじて、漏らしてはいなかった。
 ノムさんと最後に会ったのは、一昨年の冬。都内のサイン会でのことだった。控室に戻ってきたノムさんにずうずうしくも色紙を差し出し「生涯一記者 竹下陽二君へ」と書いてもらった。ノムさんは一瞬、戸惑いながらも丁寧に書いてくれた。それから、たわいない世間話。別れ際、「監督、また、野球の話聞かせてください。来シーズンも東京ドームでお茶しましょう」と言うと、車いすのノムさんは「あいよ」と答えた。
 しかし、「また」はなかった。翌年2月11日、ノムさんは天国に旅立った。老いたノムさんを前に東京ドームで試合前のお茶会はまだまだ続くだろうと思い込んでいた愚かな私。夢の中でトイレを優先した自分と、現実世界で「また」と先延ばしにして来た自分がダブった。
 なぜ、ノムさんが夢に出てきたのか。その日、立ち寄った図書館でノムさんが、愛妻サッチーについて書いた著書「ありがとうを言えなくて」を見つけて、一気読みした。ノムさんの声が聞こえてきそうな胸に染み入る本であった。また、ノムさんに書いてもらった「生涯一記者」の色紙は自宅の階段踊り場に飾ってあるのだが、朝、寝室から出ると、必ず、目に入る。そのたびに「こんなこと書いてもらったけど、分不相応かな」と自戒の念も込み上げる日々。ギブ・ミー・ワンモアチャンス。トイレは我慢します。ノムさん、もう1回、夢に出てきてくれませんか? ちょっと、聞きたいことあるんで―。
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