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尾小屋鉄道の雄姿 写真集に 小松の山本さん撮影 17枚も

2021年2月25日 05時00分 (2月25日 10時28分更新)
線路を除雪するラッセル車の写真を提供した山本宗則さん(左)と石原洋さん=小松市内で

線路を除雪するラッセル車の写真を提供した山本宗則さん(左)と石原洋さん=小松市内で

  • 線路を除雪するラッセル車の写真を提供した山本宗則さん(左)と石原洋さん=小松市内で
  • 出版された写真集「尾小屋鉄道」

情景、営みよみがえる

 小松市中心部と尾小屋鉱山をかつて結んだ尾小屋鉄道の姿を記録した写真集「尾小屋鉄道 忘れられない情景、忘れたくない情景」(こー企画)が出版された。著者で東京在住の写真家いのうえ・こーいちさんと、小松市西軽海町の山本宗則さん(71)が撮影したモノクロ写真から、四十三年前に廃線になった鉄道の姿や人々の営みがよみがえる。 (井上京佳)
 尾小屋鉄道は、鉱山鉄道として一九一九(大正八)年に開業した。JR小松駅の隣にあった新小松駅から尾小屋駅までの十六駅、約十六キロ。通常より線路の幅が狭い軽便鉄道で、蒸気機関車(SL)や気動車が走った。鉱山の労働者で栄えた尾小屋の街を支えた。七一(昭和四十六)年の閉山で街は衰退し、七七年に廃線になった。
 雪景色の中、もくもくと煙をあげて走るSLや通学の子どもでいっぱいの車両など、写真集には計百二十枚を掲載している。
 尾小屋鉄道は廃線前、「日本最後の非電化の軽便鉄道」として、全国の「撮り鉄」(鉄道写真愛好家)の注目を集めた。著者のいのうえさんもその一人で、七〇年以降東京から五、六回足を運んだ。当時は自動車が移動手段の主流になり、地方の私鉄が多く廃線した時期という。「記録に残したいと思い、夢中になってシャッターを切った」と話す。
 写真集には、鉄道愛好家団体「なつかしの尾小屋鉄道を守る会」顧問の山本さんが撮影した十七枚も収録する。山本さんは、廃線前の約四年は週末ごとに尾小屋を訪れ、撮影に熱中した。「山の上や橋の下で列車を待ち構え、自分だけのアングルを見つけるのが楽しみだった」と振り返る。線路を除雪するラッセル車の撮影に苦労したことや、山本さんも乗車していた運行最終便が、豪雪で終点までたどり着けなかったなどのエピソードも紹介。
 尾小屋町の西隣の西俣町出身で、山本さんの職場の先輩だった石原洋さん(76)=林町=は、高校時代は尾小屋鉄道で通学した。「急な坂で列車が止まり、乗客で車両を押すこともたびたびあった。出発直前に駆け込む客を待ってあげるおおらかな鉄道だった」と写真集を開いて懐かしむ。
 車両は「守る会」の会員が手入れし、市内で保存されているが、駅舎や線路はほぼ残っていないという。山本さんは「全国から惜しまれる鉄道があったことを知ってほしい」と話す。
 B5判、百十二ページ。三千六百円(税抜き)。全国の書店やオンラインショップで購入できる。

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