信長の城郭の庭園、「岐阜城が最古」説覆す? 小牧山で玉石と巨石出土

2021年2月23日 05時00分 (2月23日 20時11分更新) 会員限定
意図的に飾られた可能性がある巨石(手前)や玉石が見つかった発掘現場=小牧市の小牧山で

意図的に飾られた可能性がある巨石(手前)や玉石が見つかった発掘現場=小牧市の小牧山で

  • 意図的に飾られた可能性がある巨石(手前)や玉石が見つかった発掘現場=小牧市の小牧山で
  • 庭園のイメージ図。赤線内が調査区画で、破線内が玉石が出土した範囲=小牧市教委提供
 小牧市教委は二十二日、戦国武将、織田信長が築いた小牧山城の跡地から、庭園があった可能性を示す玉石と巨石が出土したと発表した。城郭に庭を設けたのは、小牧山城より後に信長が造った岐阜城が最古とされており、これを覆す発見となりそうだ。
 小牧山城は一五六三(永禄六)年、信長が三十歳頃に築城し、岐阜城に移る六七年まで居城とした。市教委は二〇〇四年度から調査を続け、二〇年度は小牧山の頂上にある市歴史館の東側と西側の斜面計二百五十平方メートルを発掘。東側の区画から直径五〜十五センチの玉石と、高さ一メートルほどの巨石が見つかった。
 玉石は小牧山では採取できず、外部から持ち込まれたとみられ、一緒に発見された石垣の近くに敷き詰められていた。また、巨石の下には固定するための小石が挟まれており、庭園を構成するために意図的に飾られた可能性があるという。
 城郭史が専門の滋賀県立大の中井均教授は「玉石が敷き詰められて庭園を思わせ、背面の石垣は円弧を描き築山のよう。城郭という軍事空間に相反するわびの空間を生み出している。岐阜城より前の信長の城郭を知る上で重要な発見」と評価している。
 市教委は例年二月ごろに開いていた...

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