神仏習合 今年も守り伝える 羽咋・太田町の日吉神社「二十日題目」

2021年2月22日 05時00分 (2月22日 05時02分更新)
神前で法華経を唱える高野誠鮮住職(中央右)と誠明副住職(同左)=羽咋市太田町の日吉神社で

神前で法華経を唱える高野誠鮮住職(中央右)と誠明副住職(同左)=羽咋市太田町の日吉神社で

  • 神前で法華経を唱える高野誠鮮住職(中央右)と誠明副住職(同左)=羽咋市太田町の日吉神社で
 神仏習合を残すとされる祭り「二十日題目」が二十日夜から二十一日朝にかけ、羽咋市太田町の日吉神社で営まれ、地元住民二十人が参列した。近くの妙法寺の高野誠鮮住職と誠明副住職が神前に向かい、法華経を唱えた。
 祭りは言い伝えによると、江戸時代に町が大火に遭った際、住民が神社に集まり、鎮火を祈って徹夜で題目を唱え、妙法寺の仏像も移され難を逃れたことにちなむ。以来毎年、寺の住職が感謝を込め、神社で題目を唱えるようになり、明治期の神仏分離令後も受け継がれてきた。
 二十日夜は、ろうそくに囲まれた高野住職が法華経を唱えるのに合わせ、住民がうちわ太鼓を打った。翌朝、再び題目を唱えた。
 高野住職は「神仏が仲良くしているいにしえの姿を守り伝えており、コロナ禍にあっても守り続けなければいけない祭り」と意義を説いた。松永吉博町会長は「町が災害に遭ったことを今に伝えており、二十日題目を機に気を引き締めたい」と話した。
 祭りが始まった時期は、享保年間(一七一六〜三六年)や、文化・文政八年(一八〇四〜二五年)など諸説ある。(林修史)

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