<今 教育を考える> 大学院生のメンタルヘルス問題 日本学術振興会特別研究員・横路佳幸さん

2021年2月17日 05時00分 (2月17日 11時51分更新)
横路佳幸さん

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 「博士課程の大学院生は著しい精神的不健康を抱えている恐れがある」−。日本学術振興会特別研究員の横路佳幸さん(30)は昨年十二月に発表した論文でこう主張し、日本の研究力低下に直結する問題として調査の必要性を訴えた。解決するには経済的支援だけでなく、独特の研究文化や指導教員との関係の見直しも欠かせないと指摘する。
 (河原広明)
 −どうして専門の哲学とは違う研究を?
 研究仲間が大学院の博士課程に進む中で、メンタルヘルスに問題を抱えるケースが多く、おかしいなと。感覚的に四〜五人に一人の割合。他分野の友人からも同様の話を聞き、大学院のシステムに構造的な問題があるのでは、と。
 −海外の論文を中心に調べたそうですね。
 はい。ただ、先行研究は少なく、論文もほとんどが二〇一六年、一七年以降のもの。海外でも日本でもデータが不足しています。
 −どんな研究が?
 英国の科学誌ネイチャーが博士課程に在籍する世界各国の大学院生を対象に実施した一九年の調査では、回答した六千三百人以上のうち三割以上が研究にまつわる不安や気分の落ち込みで、所属機関などに助けを求めたことがあると回答。要因は劣悪なワークライフバランスやキャリアパスのためのガイダンス不足、経済的な困難、将来のキャリアへの不安などでした。
 −何が分かりましたか。
 大学院生はそうでない人と比べ、高い割合で研究生活に起因する不安やうつなど精神的不健康を経験していました。日本の現状を把握するため、文部科学省など公的機関の大規模な調査が必要です。
 −どうして調査が必要?
 日本の研究力の低下に直結する問題だからです。大学院生は学生である一方、研究者でもある。国内の論文の筆頭著者(論文作成の中心を担った研究者)は、博士課程の院生とポスドク(博士号を取得した若手研究者)で全体の三割を占めるとのデータも。そんな研究の担い手がメンタルヘルス問題を抱え、研究者の道を断念したり、論文執筆ができなくなったりする状況は日本に大きな損失をもたらしている恐れがあるのです。
 −研究力の低下ですか。
 はい。ノーベル賞を日本人が受賞したら多くの人が盛り上がりますよね。そうした人がこの問題に無関心だと、あれ、おかしいなと思います。根っこは同じですから。
 −要因として(1)劣悪なワークライフバランス(2)声を上げづらい(3)経済的な不安−の三つを挙げています。
 ワークライフバランスの問題は、研究に実験が不可欠な自然科学系の分野で顕著でしょう。海外の論文でも「太陽が沈む前に研究室を後にすることを好ましく思わない文化」と指摘されています。背景には業績至上主義や研究費獲得の厳しさがあります。一定の競争原理は必要ですが、研究者を精神的に追い詰めるほどの過剰な競争は是正されるべきではないでしょうか。
 −精神面の支援で当事者が声を上げづらい点は。
 大学院の特殊な構造があります。「指導教員と院生」の関係は「会社の上司と部下」より、はるかに強い上下関係です。教員の判断次第で学位を取得できるか決まります。取得できないと勤め先も見つかりにくい。「こいつはダメだ」と烙印(らくいん)を押されると思うと言い出せません。懸念なく、指導教員の支援をいつでも求められる環境づくりが必要です。大学運営業務なども重なって多忙な指導教員の労働環境の改善も欠かせません。
 −政府は経済支援策を打ち出していますね。
 支援策は前進ですが、それだけでは解決しません。欧米の院生は大学と雇用契約を結び報酬を得るのが一般的。それがない日本と比べ経済的な不安は少ないはずなのにメンタルヘルス問題はあります。研究文化や指導教員との関係といった大学院の構造そのものを変える必要があります。

 よころ・よしゆき 大阪市出身。慶応大文学部を卒業後、同大文学研究科へ。2015年に博士課程に進み、20年2月に博士(哲学)の学位を取得。同年4月から南山大社会倫理研究所プロジェクト研究員。

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