<EYES> フォトジャーナリスト 安田菜津紀さん 毎日が慰霊の日

2020年3月5日 02時00分 (5月27日 03時52分更新)

汐凪さんの捜索のために震災直後に作った張り紙

 2011年3月11日の東日本大震災から、まもなく9年がたとうとしています。
 木村紀夫さん(54)の自宅は、福島県大熊町、東京電力福島第一原発からわずか3キロの場所にありました。津波で父の王太朗さん=当時(77)=と妻の深雪さん=当時(37)=を亡くし、当時小学1年生だった娘の汐凪(ゆうな)さんは行方不明となりました。ところが原発事故が起きたことで、大熊町では暮らせなくなり、十分な捜索もかないませんでした。ようやく汐凪さんの遺骨の一部が見つかったのは、16年12月のことです。
 毎年、3月11日を「節目」として伝えようという報道を目にします。けれども、木村さんはこう語ります。「自分にとっては毎日が、慰霊の日です」

汐凪さんの遺骨が見つかった場所で、静かに手を合わせる木村さん

 <やすだ・なつき> 1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)他。上智大学卒。TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

◆NPO法人Dialogue for Peopleのサイトはこちらから。

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