<EYES> 教育哲学者 苫野一徳さん 「みんな一緒に」限界

2020年1月23日 02時00分 (5月27日 03時52分更新)
 昨年10月に文部科学省が公表した児童生徒の問題行動等に関する調査結果によると、学校におけるいじめの認知件数は、いじめ防止対策推進法の施行後で最も多い54万3933件で、前年度より12万9555件増えた。不登校や暴力行為、自殺なども、前年度より増加していたことが明らかになった。
 むろん、これは「認知件数」だから、調査を綿密にやればやるほど数字は大きくなる。したがって、この数字だけをもっていじめや暴力行為が激増したと判断するのは早計である。
 しかし、これほどにも多くの子どもたちが学校において何らかの苦しさを抱えているという事実を、私たちは見過ごすわけにはいかない。この事態を、どう考えればよいのだろうか?
 問題の本質を、私は、公教育が始まって以来、150年もの間、ほとんど変わってこなかった学校システムにみている。「みんなで同じことを、同じペースで、同じようなやり方で、同質性の高い学年学級制の中で、出来合いの問いと答えを中心に勉強する」システムである。
 みんなで同じことを同じペースで学んでいれば、必ずついていけない子が現れ、嫌な言葉だがいわゆる「落ちこぼれ」問題が起こることになる。同質性の高い学級の中では、否が応でも同調圧力が高まり、それになじまない子どもがいじめのターゲットになることもある。落ちこぼれもいじめも、不登校の大きな理由である。多くの学校問題の背景には、この「みんな一緒に」のシステムが、時代的な限界を迎えていることがあるのだ。
 学校や教師や子どもたちを責めるのではなく、むしろシステムを変えよう。私はそう訴えたい。そのための具体的な策を、本コラムでは提案していきたい。

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