専大の投手・総合コーチ就任の元中日・仁村薫さん 家業の米作りと二足のわらじ 「野球と農業は同じ。1年間向き合って収穫する…」

2021年2月12日 06時00分

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正式就任を前に指導を始めた専大の仁村薫コーチ

正式就任を前に指導を始めた専大の仁村薫コーチ

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 東都大学野球で1部復帰を目指す専大の投手・総合コーチとなる元巨人、中日の仁村薫さん(61)が11日、神奈川県伊勢原市の同大グラウンドで取材に応じた。楽天コーチを務めた後は現場を離れ、2013年から埼玉県川越市で家業の米作りに専念。斎藤正直監督(60)との旧縁もあって引き受けたコーチ業は二足のわらじとなる。3月1日付の正式就任を前に指導を開始。「野球と農業は同じ。1年かけて向き合って収穫する。農業で培ったことを野球の言葉にして伝えたい」と話した。
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 コーチ就任のきっかけは1本の電話だった。中日時代に運動具メーカーの担当者だった吉田鉄平さん(39)が09年に専大のコーチに就任。その後も連絡を取り合う関係が続き、一昨年に電話した際に吉田さんと一緒にいたのが斎藤監督だった。
 「吉田コーチに電話したときに、斎藤監督がいて電話を代わった。『川鉄千葉(現JFE東日本)の選手時代にコーチに来てもらった斎藤です。よかったら今度、練習を見に来てくれませんか』と言われた。電話するのが30分遅れていたら斎藤監督はそこにいなかったそうで、これも人生の縁(えにし)というものでしょう」
 実家は300年以上続く農家。およそ3万平方メートルの田んぼがある。プロ野球の現場を離れた13年以降は米作りに専念。斎藤監督の連絡を受け、昨年は農業のかたわら、専大の野球部に何度か足を運び、昨年末に正式にコーチ就任を打診された。
 「この8年間はひたすら農業。一流の米をつくろうと土壌づくりから始めて、堆肥にもこだわって、一等米もできるようになった。それでも、どこかに野球が好きな自分がいた。農業は行(ぎょう)、ぼくのふるさとは(野球の)フィールド。そう思い始めたころにドンピシャで話をいただいた。(米作りで)ときどき休まないといけないのですが、引き受けさせてもらいました」
 ノックバットを振り、打撃を指導し、中日でフィジカルコーチを務めた経験を生かし、ストレッチも教える。農業と野球には相通じるものがあるという。
 「農業と野球は同じだよね。12月に来年のために耕し、(翌年の)1月から2月にまた耕し、田植えをして秋に収穫する。水が必要なときもあれば、やらない方がいいときもある。選手との付き合い方も同じ。言った方がいいときもあれば、放っておいた方がいいときもある。農業は、どんなに手をかけても最後はお天道様次第。二等米にしかならない年もあるけど、米に非はない。だから、プロに行く選手にも、補欠の選手にも同じ思いで向き合う。試合で使うかどうかの区別はするが、差別はしない」
 指導の指針は「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」で、いつも心がけているのは「明るく楽しく」だ。奈良県大峯山で「大峯千日回峰行」「四無行」を満行して仙台に慈眼寺を開いた塩沼亮潤大阿闍梨(あじゃり)から伝えられたという。
 「人生に必要なのは、唯一無二の親友、人生の恩師、心の師、といわれ、心の師として大阿闍梨を紹介された。2010年10月に慈眼寺でお会いして心が浄化された。『人生、明るく楽しくですよ』と言われた。自分の夢を叶えられる人は多くない。人生を面白くできるかは心の持ち方だと教えたい」
 中日では“トーキングコーチ"とも言われた話術で選手と接する。陶器の産地として知られる栃木県益子町で野球教室をしていた縁で、益子大使を務めるなど経歴も多彩。筆跡から心情を読み取る訓練をしてきたといい、選手が書くリポートにも目を通す。収穫の秋に向けて、培ったすべてを指導に生かしていく。
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 ▼仁村薫(にむら・かおる) 1959(昭和34)年5月9日生まれ、埼玉県川越市出身の61歳。川越商(現・市川越)から早大に進み、エースとして活躍。大学日本代表で日米大学野球にも出場。ドラフト6位で82年に巨人入団。3年目から外野手に転向。88年からは中日でプレーし、弟の徹(現中日2軍監督)との「仁村兄弟」でリーグ優勝に貢献した。90年に現役を引退。通算9年で出場396試合、打率2割3分1厘、15本塁打。巨人、中日、楽天でコーチなども務めた。

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