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ノムさんが2人きりのエレベーターで見せた心の風景…元番記者3人の墓参り【竹下陽二コラム】

2021年2月5日 10時25分

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練習の合間に笑顔を見せる楽天時代の野村監督

練習の合間に笑顔を見せる楽天時代の野村監督

◇生涯一野村番がつづる「ノムさんジャーニー」その9
 1月末。冬の優しい日差しが降り注ぐ昼下がり。ノムさんの1周忌を前に50ヅラ下げた元野村番の3人でノムさんとサッチーさんが眠る東京都内の墓を訪れた。なぜか、私は長年の約束を果たしに行くような、そんな不思議な思いにとらわれた。気の利いたM君がかばんからノムさんの好物の大福ときんつばを取り出し、墓前に置いた。「お前ら、よー、来たなあ」。澄み切った冬の空からノムさんの声が聞こえるような気がした。すると、M君が「監督、来ましたよ。約束通りにね」とつぶやいた。私は、ハッとした。M君も同じ思いだったのかと。
 約30年前、ヤクルト担当になりたての私は、まだ、50代後半のノムさんに何度も言われた。「1日1日、人は死に向かって生きているんだ。これで、また、1日、死に近づいた。オレが死んだらみんな喜ぶやろなあ。球界の嫌われ者やから。お前、オレが死んだら、線香の1本でもあげてくれんか?」と。ノムさんはきっと、私にだけではなく、あちこちであいさつ代わりに言いまくっていたのかもしれないが、その言葉がずーと記者生活の中で心の中にあり続けた。
 それぞれの思いを胸に手を合わせた。約束を果たし、「じゃあ、お疲れ様」では味気ない気がした。余韻に浸りたい。3人の気持ちは同じだった。ファミレスで遅いランチをとることにした。そこで、ノムさん話に花が咲いた。3人3様の心に「オレのノムさん」がいた。M君もK君も幸せそうに、そして、誇らしげに話した。ここで、語られたのは、スポットライトの当たるところで発せられ、既に語り尽くされたノムさん語録でなかった。さりげない日常で人知れず発せられた些細なひと言であったり、仕草であった。それは、誰も盗むことができない、M君やK君の宝物であった。ノムさんの良さは、気を抜くと、見過ごされてしまいそうな、「さりげなさ」にちりばめられていた。
 私はある日の情景を思い出した。それは、わが世の春を謳歌したヤクルト時代の栄光のノムさんではなく、哀愁を帯びたノムさんの後ろ姿だった。3年連続最下位の屈辱の末、2001年オフに辞任。1年の浪人後、社会人シダックス監督として、さらに、野球評論家として再起を図ろうとしていた。その頃、私は失意のノムさんに腫れ物に触るように接していた。
 東京ドームのエレベーターの中に一人でいると、評論家のノムさんが「おーっ」と言いながら入ってきた。そして、クルリと背を向けると、ボソリとつぶやいた。
 「最近、お前の視線が冷たい!」。私は心中を見透かされたようでドキっとした。別にそんなつもりはないんですよ! と弁解しようとしたが、そのスキも与えず、ノムさんは「よそ者には冷たいからのー。ふふふ」とスネたように言いながら、指定のフロアにつくと、そのまま立ち去った。私も軽くいなせばいいものを、何も言えずにその場に立ちすくんだ。断腸の思いで発したようなひと言。しかし、芝居がかってもいた。それが、ノムさんのちゃめっ気でもあった。半分ジョーク、半分、本音であっただろう。お前、最近、よそよそしいぞ、これまで通り普通に接してくれよ、と言いたかったのかもしれない。
 古巣・南海を出て、ヤクルト、阪神と渡り歩いたノムさんの中に常に「よそ者感」があったのかもしれない。のちに、楽天監督として、もう一花咲かせるノムさんだが、あの頃、世間の冷たい風、孤独感をひしひしと感じていたのかもしれない。その「心の風景」が垣間見えるつぶやきだった。自分の心の動きを包み隠すことなく、いついかなる時もポロリと吐露してしまうところが、人間ノムさんの魅力であった。だから、番記者も気が抜けなかった。野球人としては超一流であることは言うまでもないが、一番はその人間臭さにあった。
 私はノムさんの阪神辞任後も、ノムさんの生きざまと死にざまを見ていこうと決めた。用もないのにノムさんの行くところにフラリと訪れた。プロ野球監督、番記者としての立場の距離感は心地よかった。シダックス監督ノムさんは、一言一句が報じられたプロ野球時代ほどスポーツ紙としての扱いが大きくなることも少なく、ましてや他紙の評論家ということで遠慮することもあった。ノムさんの心中を必要以上に忖度(そんたく)する自分もいた。現場で会っても視線をそらしてしまうこともあった。ノムさんに劣らず、人間付き合いのヘタな私は何を話していいか分からず、不自然にあらぬ方を見たこともあった。挙動不審の私の心の葛藤をノムさんは見抜いていた。
 野村番がファミレスで飽きもせず、「オレのノムさん」を語り合った幸せな3時間。「こうやって、思い出話をすることが、供養になるんですよね」。M君はそう言いながら、かばんにしのばせていたノムさん好物の大福を「ホントはダメだけど、今日ぐらいいいでしょ」とこっそりとおいしそうにぱくついた。そして、私に言った。「陽二さんも1個どうですか?」と。
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