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戦国の世も大雪で立ち往生⁉ 一乗谷資料館紹介、今も昔も最後は人力頼み

2021年2月5日 05時00分 (2月5日 05時00分更新)
一乗谷朝倉氏遺跡から出土した戦国時代の雪かき道具「バンバ」=一乗谷朝倉氏遺跡資料館提供

一乗谷朝倉氏遺跡から出土した戦国時代の雪かき道具「バンバ」=一乗谷朝倉氏遺跡資料館提供

 五百年前にも越前の「北陸道」で立ち往生が発生し、二千人で除雪して救出−。県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館(福井市)は、一月上旬に発生した嶺北の記録的大雪をきっかけに、戦国時代にもあった大雪のエピソードをフェイスブックにある同館のページで紹介している。 (今井智文)
 立ち往生は一五一七(永正十四)年の冬、高速道路ではなく街道の北陸道で発生。奥州(東北地方)の大名で、伊達政宗の曽祖父にあたる伊達稙宗(たねむね)が京に送った使者が、越後(新潟県)などを経由して越前に入った後、木ノ芽峠のある府中(越前市)−敦賀間で大雪に見舞われて進めなくなった。
 使者は越前の戦国大名だった朝倉氏に救援を求め、府中の奉行人だった朝倉家臣の印牧美次(かねまきよしつぐ)と、敦賀郡の国衆(地元の領主)だった疋田氏が二千人を出して人力で除雪し、使者は無事に京へ向かうことができたという。後に伊達家から美次にお礼の馬が届き、美次は返礼で薬の「牛黄円(ごおうえん)」や太刀を送った。これらのいきさつは、使者の経費を記録した伊達家の文書に書き残されている。
 当時は木製の雪かき道具の「バンバ」で雪かきをしていた。一乗谷遺跡でもバンバが...

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