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中学卒業後にフィリピンで単身修業…やっとつかんだプロゴルファーの座 ここから”恩返しツアー”のスタート

2021年2月3日 14時40分

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愛知県アマを制し、祖父・征夫さん(左)に祝福される桂川有人=2018年6月

愛知県アマを制し、祖父・征夫さん(左)に祝福される桂川有人=2018年6月

  • 愛知県アマを制し、祖父・征夫さん(左)に祝福される桂川有人=2018年6月
  • 日本オープンで堂々とプレーする桂川
 ついにプロとして恩返しのときが始まる。男子ゴルフの桂川有人(22)は、紆余(うよ)曲折の人生をたどりながら、昨年プロテストに合格。初めて挑戦した男子プロツアーの出場予選会(QT)で9位に入り、ツアープレーヤーの権利を取得した。まずは今年、“2軍戦”のアベマツアーから夢を追いかける。
 まさに桂川の真骨頂だった。昨年12月に行われた男子プロゴルフのファイナルQT。3日目に桂川は78を打ち、17位に後退した。コロナ禍の影響により、このQTでツアーメンバーが与えられるのは上位10人だけ。それ以下ならアベマツアーの出場資格も消滅する。
 絶体絶命の最終日。前半のハーフは1バーディー、2ボギーと空転した。しかし、桂川は「このとき、気持ちが吹っ切れた」と言う。もうなるようにしかならないじゃないかという気持ちだった。不思議なものでそこから幸運がやって来た。
 折り返しの10、11番で連続バーディーが来ると13、14、16番も取れた。17番のボギーでチャンスはついえたかに思えたが、最終18番でバーディー。後半は6バーディー、1ボギーの31。順位はツアーメンバー資格が手に入る9位になっていた。
 「もう、必死でした。よかったです」。桂川は喜びを静かに表した。しかし、穏やかな外見とは違い、167センチの小柄な身体の中には、自分の流儀を貫く脈々とした頑固な血が流れている。
 中学卒業後にフィリピン行きを決めたのも桂川自身だった。ゴルフの強豪校・栄徳高への進学が内定していたが、母子家庭の苦しい事情を知っていた桂川はゴルフ練習場で知り合った人の紹介でお金のかからないフィリピンでの修業を選んだ。高校は通信制。タブレットで授業を受けた。母からの仕送りは月5万円。日本の試合に出るときは節約したお金を往復6万円の飛行機代に充てた。そんな桂川にとって青天のへきれきだったのが全国大会出場時に日大の小野コーチからかけられた進学の誘いだった。
 「大学進学なんか思ってもみなかった。フィリピンでお世話になった方たちに相談すると、プロ入りを急ぐより大学でじっくりと身体を鍛えてからでも遅くないとアドバイスされたんです」
 日大では、いきなり1年生で朝日杯争奪日本学生と文部科学大臣杯日本学生のタイトルを獲得。2年生のときには日本学生にも勝つ。その年、横浜CCで行われた日本オープンでは2日目に65をマークして首位に立ち、話題を呼んだ。そして、3年生のときには日本オープンのローアマに。
 「本当は2年で中退してプロになろうと思っていたんです。でも、ナショナルチームに選ばれたことで学生を続けることを決めました」
 子どものころから面倒をみてもらったのが祖父母。ゴルフは祖父の練習についていくうちに自然と覚えた。強みは自分のゴルフスタイルを貫く強い精神力を持っているところだ。500ヤードのパー4でも、ラフが深いと見れば、飛ばしにはこだわらず、4W→4Wで攻めていく。
 練習場仲間の一人は「中学に入るころには、ことゴルフについてはおじいちゃんのアドバイスも聞かなくなった。自分流を曲げない頑固な子どもでしたね」と笑う。そんな桂川だが、頑張る気持ちの向こうには、母と祖父母への恩返しがある。そのためにも、今年はまず、アベマツアーで賞金ランク20位以内に入り、来季のレギュラーツアーのツアーカードを手にすることを目指していく。
 ▼桂川有人(かつらがわ・ゆうと) 1998(平成10)年10月9日生まれ、愛知県清須市出身の22歳。167センチ、70キロ。平均飛距離は290ヤード。アマ時代の優勝には2016年愛知県ジュニア、17年朝日杯日本学生、文部科学大臣杯日本学生、18年日本学生、中部アマ、2019年日本オープンローアマなどがある。

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