<ユースク>コロナに感染、高3男子のホテル療養記

2021年2月3日 01時00分 (2月4日 12時33分更新)
 1月に新型コロナウイルスに感染し、ホテル療養を経験した名古屋市内の高校3年の男子生徒が、ユースク取材班に日記を投稿してくれました。

◇1日目

 予定より早く、ホテルへ送ってくれる車が家の前に到着した。リュックと手持ちのカバン、キャリーバッグをもって車に乗り込む。運転手とはビニールシートで完全に分けられている。後部座席は密閉され、換気のためにパイプから空気が送られてくる。天気は雨。1日ぶりに外に出たが、ずいぶん久しぶりな感じがした。ホテルまでの道のりをただ外の景色を眺めて過ごした。
 ホテルに到着すると、防護服の女の人に誘導され中に入る。入居同意書を渡して簡単に説明を受けた。健康観察のため、1日に4回熱と酸素濃度を測らなければならない。その後エレベーターに乗って自分の部屋へ向かう。この防護服を着た女の人が、自分が最後に接した人である。
 オーソドックスな一人部屋で、ベッドにテレビ、ユニットバス、冷蔵庫などが完備されており、まぁ普通のビジネスホテルだ。端に立って部屋の動画を撮る。すぐに浜田省吾の音楽をスマートフォンから流しながら準備を進めた。荷物を広げ家から持ってきたものを一つずつ出していき、洗面用具を分け、延長コードを繋ぎ、冷蔵のものを冷蔵庫にしまっておく。そして女の人の指示通り熱と酸素濃度を測った。熱はなく酸素濃度も問題ない。さらに手首にリストバンドのような、遊園地の一日パスポートのような防水性の番号が印字された紙を巻いた。退去するまでは外さない約束だ。なんだか囚人になったような気分だ。

ホテルの部屋

 しばらくするとホテルの電話が鳴った。事務の看護師からだ。今の症状やアレルギー、ホテル療養の説明を受けた。ひと段落つき、ベッドでスマホをいじっていると、私の濃厚接触者である友人たちからメールが届いた。「おれ陰性だった」「おれも」。この報告を受け一安心した。次々と「陰性だった」「おれも陰性」「おれ女性」「いや、唐突なカミングアウト」。いつも通りのクラスの楽しい雰囲気に一瞬戻った気がした。友人の中にはまだこれから受験を控えている人もいる。今のところ検査した人は皆陰性であったらしい。友人にメールでホテルの様子を送ったりしていると館内放送が流れた。思ったより大きな音で初めは驚いた。健康観察の時間だ。夜の1回を除いて1日3回この放送が流れる。朝は7時半が最初の健康観察の時間だ。入居前は朝起きられるかと考えていたが、これはいいアラームになると思った。
 午後6時になるとまた放送が流れた。夕食の準備ができた、と。マスクをして重厚感のあるホテルの部屋の扉を開けて弁当を取りに行く。八百彦と書いてあるけっこう豪華な弁当だった。明日の朝ごはんのパンも一緒に置いてある。日本は豊かな国だな。ふと思った。無音の部屋で食べてもつまらないと思い、テレビをつけニュースを見る。見るといっても音を聞いているだけで中身をしっかり見ているわけではない。いただきますをして食べ始めたが味がしない。いつ味がするようになるのだろう。食欲はいつも通りあるのでぺろっと完食した。ごちそうさまでした。
 弁当のゴミを部屋の外のゴミ箱に捨てに行く。まだ誰のゴミも入っていない。私が最初に食べ終わったのであろう。部屋に戻りテレビの番組表を見る。今夜はなんだかおもしろそうな番組がいくつかあった。見たい番組まで本を読んで時間を潰した。読んでいる本は落合博満著の「采配」である。もう3周目であるが内容をしっかり頭に入れようと思ったら3周では足りない気がする。
 7時からテレビを見始め、CMの間にお風呂を沸かす。一日中ひとりでいると表情の変化が全くない。そのためテレビやYouTubeを見て、おもしろいと思ったら笑うように心がけた。気づいたら意識せずとも笑っているようになった。いわゆる笑いのツボが浅くなったのである。英語の授業で読んだ、「最もいい病気の予防は笑うことである」という文章を思い出した。お風呂に入りテレビを11時半ごろまで見ていたら眠くなってきた。そろそろ寝ようかなと思う。1日目といっても半日だが、わりとあっという間に過ぎた。当たり前のことか。初めての体験は時間が体感的に早く過ぎる。館内放送があるが一応7時20分にアラームをセットして眠りについた。おやすみなさい。

◇2日目

 健康観察の館内放送で目が覚めた。ベッドから起き上がり検温と酸素濃度を測る。すぐにテレビをつけて朝のニュース番組を見ながら昨日の夜の弁当と一緒に配られたパンを食べる。味がない。これで発症4日目だ。
 食べ終わると体を動かそうと思い、YouTubeでヨガと調べた。体が硬い自分にとってヨガはなかなか大変なものだった。明日はラジオ体操にしようと決めた。そのままスマホをいじっていると眠くなってきたのでベッドに移る。そのまま寝てしまった。
 目を覚ましたのはお昼の健康観察の館内放送。もうお昼か、と思ったそばからお昼ご飯の弁当の準備ができたと館内放送が流れる。午前中ずっと寝ていたのでそんなにおなかがすいていない。放送から30分たつと勝手に回収されてしまうので取りに行くだけ取りに行く。牛肉弁当だ。普通に生活しているより豪華?だなと思った。しかし、味が分からなければ何を食べていても一緒だ。
 1時くらいに食べ終わり、本を読み始めた。飽きたら、プレイステーションをやり始め、飽きたらスマホを触り始めるといった無限ループ。ただ、まだやりたいことはたくさんあるのでホテル療養自体に飽きたわけではない。
 夕方になり午後の健康観察の放送が鳴る。そろそろ放送の音が不快になってきた。いちいちそんな大きな音で流さなくても分かってるって。夜の弁当を取りに行ったときに部屋の鍵を閉めてしまった。中に入れない。やっちまった。ホテルの部屋と言ったらオートロックだ。ドアを開け部屋のほうから鍵をかけた状態なら飛び出た鍵に引っかかり閉まらないが、鍵をかけるのを忘れてしまった。鍵が閉まって部屋に入れない人用の部屋が外に準備されており、そこの内線からフロントに電話した。すぐに防護服の女性の方がきた。感染予防で何も話さず鍵を開けてくれて黙ったまま去る。なんだか機械みたいだ。まぁ感染者の自分とは近づきたくもない存在なのだろう。仕方ない。テレビを見ながらご飯を食べた。
 弁当のゴミを捨てベッドでYouTubeを見ていたら7時半になった。8時からNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」の放送が始まる。あと30分。お風呂に入ろうか迷っていたら電話が鳴った。母からだ。家のハムスターの調子が悪いとのこと。家で飼っているハムスターはなぜか自分が家にいないときに限って調子を崩す。亡くなった2匹ともそうだった。電話で近況を話しているともうすぐ8時になるころになった。
 電話を切り、大河ドラマを見るためテレビの前にスタンバイする。ベッドに座り椅子の背中に手をかけて座る方法が一番いいと発見した。テレビの上にすぐ時計があるのであと何分で終わるかがすぐ分かる。気になって仕方ない。と考えているうちに放送が終わった。そのあとのお風呂、洗濯はまるで何日もホテル療養している人かのように手際良く済ませた。午前中寝ていたのに12時近くなるとなぜか眠くなる。眠くなったら寝るほかになにもない。おやすみなさい。

◇3日目

 7時半の朝の館内放送で目が覚める。といっても10分前に携帯のアラームで一応目が覚めて意識がもうろうとしているところにダメ押しの館内放送といった形だ。検温と酸素濃度を測ったあと朝食をとり、YouTubeでラジオ体操の音楽をかけ、第1と第2を連続して行う。ベッドと机の細い隙間をうまく使って体操をする。ラジオ体操の音楽を聴くとモリコロパークのプールを一番に思い出す。1時間に1回10間の休憩があり休憩の最後にはラジオ体操が流れるのだ。今はなきモリコロパーク(長久手市の愛・地球博記念公園)のプールをとても懐かしく思う。また行きたいなと思ったがかなう話ではない。そしてベッドでスマホをいじってるうちにまた眠りについた。
 すると今度は部屋の電話が鳴ったので目が覚める。言ってなかったが、1日に1回看護師から部屋に電話がかかってきて電話で問診を行われる。それが終わるとすぐに昼の健康観察とお昼ご飯の準備が完了したとの館内放送が連続して流れる。お昼からはゲームに没頭していた。遊んでいるのは野球ゲームだ。日がたつにつれてホテル療養での新しい発見や出来事はほぼなく、この日記の文章量も減少傾向になる。ちなみに味はまだわからないが微かに味がする感じもする。これは脳がその食べ物の味を予測して味を感じているように働いているだけなのか、いまいちまだ分からない。味がはっきりと感じられるようになった時には感動するだろう。そして食のありがたみを再認識するだろうと思った。
 ホテル療養3日目だが、曜日感覚は鈍ったりとかは特にない。だが、ずっと部屋にいるので太陽の光を4日くらい浴びていないことに気づいた。そんなことばかり考えていると体が弱りそうな感じがする。夕食をとり、お風呂に入り夜はテレビを見て過ごした。普段、面白くないと感じる番組がなぜか面白く感じる。ニュースをみると明日の気温は3月並みに暖かいらしい。一日中ホテルの部屋にいるのでほとんど室温は変わらない。冬だということを忘れてしまう。気づいた12時前だ。まだ全然ホテル療養に苦痛を感じない。こんな感じで3日目の日記は終わろうと思う。おやすみなさい。
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