【追悼・栃ノ海関】北の富士勝昭さんからの感謝…対戦した力士の中でも5本の指に入るほど、あなたは強かった

2021年1月30日 05時00分

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引退に際し、心境を語る栃ノ海=1966年11月

引退に際し、心境を語る栃ノ海=1966年11月

  • 引退に際し、心境を語る栃ノ海=1966年11月
 29日の朝方、ラジオで栃ノ海関の訃報を知りました。実は千秋楽で久しぶりに理事長に表敬訪問を行った際、現春日野親方から栃ノ海関の入院を聞いていました。ですから、驚きより、一気に体中の力が抜けてしまったような気持ちです。
 私のたった一つのささやかな目標は歴代横綱の最年長長寿記録でした。皆さんご承知の通り、私が誇れる記録は何ひとつありません。もしあるとすれば、元横綱として一番長生きすることでありました。力士は短命です。特に、横綱は北の湖を始め、千代の富士も輪島も双羽黒もみな早く亡くなっています。その中にあって、栃ノ海関は私より4歳も上なのに、毎朝隅田川の歩道を散歩されて、私なんかよりはるかに元気と聞いていましたのに誠に残念なことです。
 これで私が一番の年長となったわけですが、当然ですがうれしいはずがありません。「次は俺の番か」。ただそれだけです。しかし、栃ノ海関は現役は残念ながら短命に終わりましたが、余生を存分に生き抜かれました。私も栃ノ海関の年まではあと4年も残ってます。生きる保証は何ひとつありませんが、何とか栃ノ海関の記録を目標に生きていこうと思います。
 栃関、現役時代はたくさん、稽古をつけていただきました。土俵入りの太刀持ちもさせていただきました。ありがとうございました。私が対戦した力士の中でも5本の指に入る程、あなたは強かったです。(元横綱)
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