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大栄翔、歴史の扉こじ開けた! 突いて突いて埼玉出身初優勝 「うれしいという言葉では表せないくらい」【大相撲】

2021年1月24日 20時09分

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初優勝を決め、賜杯を手に笑顔を見せる大栄翔

初優勝を決め、賜杯を手に笑顔を見せる大栄翔

◇24日 大相撲初場所千秋楽(両国国技館)
 突いて、突いて、歴史の扉をぶち破った。優勝を決める一番で、これぞ大栄翔という電車道。雑用係からはい上がった男が、相撲史に残る偉業を成し遂げてみせた。
 「夢のようにうれしかったんですけど、うれしいという言葉は表せないぐらい、言葉が見つかんないぐらいうれしい」と思いを爆発。母子家庭で苦労をかけた母へ、「親孝行が少しできたと思います」とオンライン取材のモニター越しに感謝を伝えた。
 すごいことをやってのけた。江戸時代に「天下無双」を誇った大関雷電には好敵手がいた。雷電と3回の両者優勝扱いを含め、4回の優勝相当を果たした大関の柏戸宗五郎。その柏戸こそ埼玉出身であり、追手風部屋がある草加市の出身でもある。
 優勝制度が確立した1909年以降では大栄翔が埼玉県出身初の優勝力士なのだが、時代をさかのぼれば…。1809年10月場所で4回目の優勝相当を飾った柏戸以来、212年ぶりとなる。
 中学で全国大会の出場経験はあるが、無名の存在だった大栄翔。高校は埼玉栄に進学したが豪栄道、貴景勝ら多くの力士を輩出した強豪校。山田道紀監督が「入ったころは弱かった。四股、てっぽう、雑用でしたね」という目立たない存在だった。
 それでも、「早く強くなる子と時間がかかる子がいる。大栄翔は体の芯の強さがあり、顔つきもいい、馬ではないけど体つきもよかった」と秘めたる素質を見抜いてスカウトした山田監督の指導を文句一つ言わずやり続けた。レギュラーをつかんだのは高校3年になってから。インターハイ個人3位と周囲も目を見張る急成長だった。
 入門後は幕下に昇進したころに、師匠の追手風親方(元幕内大翔山)から突き押しを徹底させられた。師匠は「車にはトップギアとバックギアがある。トップからいきなりバックに入れるとギアが壊れる。大栄翔はそれができる車。いなしたりして動きながら勝機を生み出せる」。大栄翔の特性を最大限に生かすためだった。
 大栄翔も「稽古場で疲れると四つに組んだりしていた。そこを我慢して稽古場から前に出る相撲を心がけた」と突き押しにかけた。それが「自分の相撲を取りきれば上位でも通用するのでは」とここ1、2年で手応えをつかんだ。
 来場所は三役復帰が濃厚。その先は大関。埼玉出身としては1808年3月場所で大関昇進を果たした柏戸以来、213年ぶりの快挙が待っている。

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