観客が物語の当事者に コロナ苦境 VR演劇に可能性

2021年1月23日 05時00分 (1月23日 11時12分更新)
「ダークマスターVR」の撮影風景。観客の目線は主人公(中央)と同一化する=東京都内で(杉能信介撮影)

「ダークマスターVR」の撮影風景。観客の目線は主人公(中央)と同一化する=東京都内で(杉能信介撮影)

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「庭劇団ペニノ」が新しい手法

 観客自身が劇中の主人公として“出演”する異例の舞台が昨秋、注目を集めた。岸田国士(きしだくにお)戯曲賞受賞の劇作家タニノクロウさん(富山市出身)率いる「庭劇団(にわげきだん)ペニノ」が、都内で上演した「ダークマスターVR」(原作・狩撫麻礼(かりぶまれい))。二〇〇三年に舞台化した作品を、VR(仮想現実)を利用しながら再現した。(小原健太)
 普段なら三百人ほどが収容できる東京芸術劇場シアターイースト。観客の定員は二十人。新型コロナウイルス感染防止のため、座席はアクリル板で仕切った。VRゴーグルを頭部に装着すると、主人公の視点で見た実写の芝居が映し出される。映像は事前に撮影されたもので、観客が実際に演技をする必要はないが、視界は上下、左右とも一八〇度まで確保され、三次元の空間にいる感覚で劇中世界に没入できる。タニノさんは「VRの特性は体感性にある。物語の当事者になるのが最も面白い」と狙いを説明した。
 洋食屋を舞台に物語が進む劇中、主人公の“あなた”は、無愛想なマスターから突然、「この店をやってみないか」と声を掛けられ、イヤホンを耳に押し込まれる。「俺の言うとおりにやればいいんだ」と言って店を出たマスターは、リモートで調理法を伝える。
 調理場に立った“あなた”が指示に従うと、ステーキがうまく焼けた。肉が焼ける音は無論、においで嗅覚を刺激する演出も。そんな調理場面を繰り返し、腕利きの料理人になっていく。主人公にせりふはないが、見る側が演じる側と同一化。「主体変化」という斬新な手法で、演劇の可能性を広げた。
 本作の制作を後押ししたのはコロナ禍だった。昨春以降、多くの公演で中止や延期が相次ぎ、劇場再開後も「三密」を危惧するファンの足は遠のいた。待つだけでは多くの集客は見込めず、出演者らも同様の感染リスクを抱える。
 苦境の中、本作は一筋の光だ。VRで視聴する「映像作品」でもあるため、出演者が稽古と撮影に要した時間は八日間だけ。上演回数を増やすことで、一度の公演の観客数を少なくして密を避けることもできた。スタッフの数は最低限で済み、「二人いれば運営できる」。作品データを記憶させたVRゴーグルを公演地に送れば、海外公演も可能。既に三月以降のニューヨーク公演を見据える。
 その一方でタニノさんは「これは演劇作品とは思っていない」とも語る。エンターテインメントという意味では新たな価値を創造したが、「そもそもVRは演劇との親和性が低い。体感性が強まるほどドラマ性が薄れる」。演劇は本来、客席からの観劇を前提に制作するため、観客が出演体験を強く印象づけられると物語が理解しづらくなるという。
 技術革新の波は演劇人にも無視できないものとなりつつあるが、「VRが一般化する中で、仮想世界を現実と同じように受け入れるのはどうなのか」。複雑な思いで時代を見つめる。

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