7〜8世紀の登り窯跡や土器 新居で現地見学会

2021年1月19日 05時00分 (1月19日 05時01分更新)
土器や窯の壁を手に取る参加者=湖西市新居町で

土器や窯の壁を手に取る参加者=湖西市新居町で

  • 土器や窯の壁を手に取る参加者=湖西市新居町で
  • トンネル状の登り窯跡を興味深く眺める参加者=湖西市新居町で
 湖西市新居町に工場用地を造成する浜名湖西岸土地区画整理事業で発掘された七〜八世紀の窯跡「古見第35地点古窯」で十七日、現地見学会があった。市民ら七十人が、四基の登り窯跡や出土した土器を興味深く眺めた。 (鈴木太郎)
 市内はかつて窯業の産地だった。丘陵部の起伏を利用した「湖西窯跡群」と呼ばれる登り窯跡は約千基に上る。古墳−奈良時代に最も盛んに造られ、遠くは青森県八戸市にも土器が流通した。同事業に伴う工事では、これまでに八地点で七〜十二世紀の十七基が発見されている。
 第35地点は大小四つの登り窯跡からなる。うち最大で最古の二号窯は、奥の階段状の構造や天井部分の保存状態が良く、同時期によく見られるウナギの寝床状の窯と比べて横幅が広い特徴がある。灰や失敗作を捨てるたき口近くの「灰原」からは、九月に見学会を開いたすぐ南の第36地点と比べ、四〜五倍程度が出土した。調査後は造成に伴って取り壊される。
 現場での人の密集を避けるため、見学は三部に分けて実施。参加者は灰で黒くなった灰原やトンネル状に残った登り窯の構造をじっくりと眺めた。市教委の学芸員、大須賀広夢さん(24)が案内し、「二号窯は規模拡大で、後になって横方向に拡幅した可能性が考えられる」などと解説した。
 窯跡の前には出土品も展示され、祭祀(さいし)に使ったとされる馬の装飾品や、灰が溶けた自然釉(ゆう)で青いガラス状になった窯の壁面の一部を手に取って感触を確かめた。新居小学校五年堀江夏帆さん(11)は「千三百年前の土器なのに、今でも使えそうな形。こんなに大きな窯が近くにあるのにも驚いた」と感心しきりだった。
 最終回では灰原の発掘体験会も開かれ、参加者は土器を見つけだそうと熱心に斜面を削っていた。

関連キーワード

PR情報