「秋声の家−徳田一穂作品集」出版 父・秋声へ にじむ愛情  

2021年1月16日 05時00分 (1月16日 11時31分更新)
秋声の家−徳田一穂作品集/徳田一穂著・大木志門編

秋声の家−徳田一穂作品集/徳田一穂著・大木志門編

  • 秋声の家−徳田一穂作品集/徳田一穂著・大木志門編
  • 昭和40年代の一穂。二女の徳田章子さんが撮影した=徳田秋声記念館蔵
  • 徳田秋声(右)と一穂(1924年)=徳田秋声記念館蔵

 金沢市出身の作家徳田秋声(一八七一〜一九四三年)の長男で、自身も作家の道を歩んだ徳田一穂(一九〇三〜八一年)。偉大な父の名前を背負う葛藤を抱えながらも、生涯、父の顕彰に尽くした一穂の作品から、秋声にかかわるものをまとめた「秋声の家−徳田一穂作品集」が、徳田秋声記念館(金沢市)のオリジナル文庫として出版された。今年は一穂の没後四十年、秋声の生誕百五十年にあたる。 (松岡等)

記念館の元学芸員 大木志門さん編集


「大きな功績知られるべき」


 編集したのは、元記念館学芸員で現在は東海大教授の大木志門さん。『年賀状』など小説五編、随筆十二編、秋声の著作に寄せた跋文(あとがき)三編を収録し、「忘れられた作家ではあるが、昭和の作家として特徴ある作品は少なくない。秋声の全集をまとめるなど、一穂がいなければ秋声の名前もここまでになっていなかったと思えるほど、功績があり、その仕事の一端が分かるのではないか」と話す。
 一穂は慶応大を中退し、大正から昭和の初めに活躍した新感覚派の世代の作家に影響を受けて作家の道に入った。「初期には横光利一や堀辰雄などに通じる翻訳調の文体で、事実に基づきながらも、その題材を虚構的に書いたが、徐々に秋声の自然主義的な世界に近づいていった」という。
 秋声の長男だった一穂は、東京・本郷の家に秋声とともに生涯にわたり住み、最も長く秋声に接した人でもあった。大木さんは「父子は普通、反発し合うものだが、特に一穂の母親が亡くなってからは二人は一卵性双生児のようだった」と指摘する。
 秋声の死後は、全集や単行本の発行などにも注力した一穂。表題にもなった『秋声の家』をはじめとする随筆群には、互いの関係を客観的に見ようとする淡々とした筆致ながらも、滋味深い文章の中に父への深い愛情がにじむ。
 収録した『墓参』などの小説は、「国や東京など、家に象徴されているものが揺るがされる感覚が描かれている。背景には関東大震災や太平洋戦争のことがある」と大木さん。東京・玉ノ井の女性を描いた『鰍ヶ沢(あじがさわ)』は、下層に生きた人々がテーマで「永井荷風以外にそうした作品を残している作家は少ない」といい、一穂の作品を読む意義を指摘。一穂最後の小説ともみられる『碑と未亡人』は、金沢市出身の建築家谷口吉生が設計、日本で最初の文学碑とされる徳田秋声の碑が序幕されるまでの顚末(てんまつ)が実名で語られて興味深い。
 戦時下の都新聞(現東京新聞=中日新聞東京本社)に連載途中で、言論統制のために秋声があえて筆を折った絶筆『縮図』が、戦後になって出版された際、その経緯を記した跋文を読むこともできる。
 「一穂の作品はほとんど単行本にまとまっていないので、文庫という形にして、知られるべきだという思いがあった」。大木さんが四年がかりでまとめたという一穂の著作目録も貴重だ。
 徳田秋声記念館の開館十五周年記念で昨年末に出版された、記念館オリジナル文庫の十二冊目となる。九〇九円(税別)。記念館は三月まで改修のため休館中で、通信販売でのみ購入できる。詳細は記念館のホームページから。

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