<大波小波> 昭和史の語り部、死す

2021年1月14日 16時00分 (1月14日 16時00分更新) 会員限定
 Go Toから一転、外出自粛を求め、緊急事態宣言も散発的に出すやら出さないやら、首脳の決断というのは、周囲の人間たちの思惑によって鈍らされたり邪魔されたりするものなのか。かつて日本が敗戦を認め、ポツダム宣言を受諾すると認めるまでも長かったが、終戦の詔(みことのり)が発せられた後でさえ、反対派はそのラジオ放送を阻止すべくクーデターを企てた。
 その一連の動きを描いた『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日』の著者、半藤一利(はんどうかずとし)が逝った。まだ文芸春秋社の若手社員だった頃に書いたが、それでは売れないだろうということで大宅壮一の名前を借りた。大変評判になり、半藤は多少なりとも印税を期待したが、社長から、「この本を書くのに会社の名刺を何枚使ったんだ?」と言われ、結局三十年後に自分の名前で再版されるまで印税はもらえなかったと聞いた。
 『週刊文春』や『文芸春秋』の編集長時代から名を知られていたが、やはり退社後の作家活動こそが彼の本領だったろう。体験と取材と論理性とを兼ね備え、かつわかりやすい語り口で現代日本史を説き、憲法九条は守り育てるものだと主張した。今後もその膨大な数の著作は長く...

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