支縁の形<6> 蒲原宿の交流拠点(静岡市)

2021年1月12日 05時00分 (1月12日 05時03分更新)
交流拠点としての利用を目指し、改装を進める旧しょうゆ醸造蔵に立つ大沢康正さん=静岡市清水区で

交流拠点としての利用を目指し、改装を進める旧しょうゆ醸造蔵に立つ大沢康正さん=静岡市清水区で

  • 交流拠点としての利用を目指し、改装を進める旧しょうゆ醸造蔵に立つ大沢康正さん=静岡市清水区で
 見上げるほどの高い天井。黒々とした古い梁(はり)や柱が、歴史を感じさせる。
 静岡市清水区蒲原(かんばら)にある築二百年の旧しょうゆ醸造蔵。五十畳の広い空間に新しいコンクリートが敷かれ、しょうゆのこうじを保管していた古いれんが造りの物置の前には、新材で小上がりができていた。

◆しょうゆ蔵 生かす

 蒲原でバックパッカー向けの宿泊施設「燕之宿(つばめのやど)」を経営する大沢康正(こうせい)さん(38)が、旅行客と地域の人々が触れ合える交流拠点にしようと、施設に隣接する蔵を改装した。費用にはクラウドファンディング(CF)を活用。昨年二月に募集し、全国から目標の三百三十万円を超える約三百四十二万円が集まった。
 大沢さんは「旅行者から見た蒲原を通して、地元の人たちに蒲原の魅力を再認識してもらいたかった」と語る。蒲原は江戸時代の絵師歌川広重の「東海道五十三次」にも描かれる宿場町として知られる。築数百年の古民家や和洋折衷の大正モダンな洋館が点在し、旧東海道の面影を残す。「燕之宿」も国登録有形文化財の古民家「志田邸」の別館だ。
 大沢さんは長崎県の離島・壱岐島の出身。会社員をしていた十年ほど前に転勤で静岡市に赴任した。休みに電車で散策していた際、ふらりと降り立ったのが蒲原のまちだった。古い町並みと気さくに声を掛けてくれる地域の人々に引かれた。
 「たった一日の思い出。だけど、ずっと忘れられなかった」。転職を経て、五年前に蒲原に移り住んだ。
 だが、実際に住むと、自分がほれ込んだ町並みに対し、地域の人がそれほど思い入れを持たないことに気付かされた。「なんでこんな所に越してきたの」と不思議がられ、移住して一年ほどの間に、次々と古い家が解体されていった。

◆旅人通じ魅力発信

 「このままでは好きな蒲原のまちがなくなってしまう」。景観保全のため、大沢さんは自身のノートに独自の「事業計画」を描いた。海外の友人らを蒲原に招き、外の目を通して地域の魅力を発信していこうと考えた。その第一段が「燕之宿」。大沢さんが文化財の建物を借り、昨年二月にオープンした。
 交流拠点は続く第二段。CFに賛同した大妻女子大(東京都)の木下勇(いさみ)教授(66)はまちづくりが専門で、自身も三年前に蒲原に古民家を購入した。「古い町並みがなくなれば、地域の生き証人とも言える建物と建築技術がなくなる。地域の財産を残そうとする活動に共感した」
 施設は今月中にオープン予定だが、新型コロナウイルス禍のために、交流拠点に使うのは先になりそう。当面はコワーキングスペース(共有オフィス)としての活用を考えている。「海外からの旅行者が蒲原の子どもたちに英語を教えたり、地域のおばあちゃんが旅行者に名所を教えたり。そんな開かれた場所にしたい」と大沢さん。「旅の印象深い記憶は案外、誰かと会ったり、話したりしたささいなことだと思う。その『誰か』が、蒲原の人たちだったらうれしいです」 (板倉陽佑)

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