本紙投稿10年超えの冊子まとめる 浜松の熊谷さん

2021年1月12日 05時00分 (1月12日 05時03分更新)
中日新聞への投稿を冊子にまとめた熊谷道子さん=浜松市天竜区水窪町で

中日新聞への投稿を冊子にまとめた熊谷道子さん=浜松市天竜区水窪町で

  • 中日新聞への投稿を冊子にまとめた熊谷道子さん=浜松市天竜区水窪町で
 浜松市天竜区水窪町の熊谷道子さん(71)が、中日新聞の「発言」や「くらしの作文」への投稿を十年以上続け、掲載が百回を超えたのを機に冊子にまとめた。夫婦で長年続ける趣味の登山をはじめ、山あいの自然や風俗、身近な社会問題の提起など話題は多岐にわたる。 (南拡大朗)
 職員として勤めた地域の診療所を六十歳で退職し、人生の新たな挑戦と決めて投稿を始めた。あこがれだった槍ケ岳や北岳への登頂、地元のNPO法人・山に生きる会で関わった「みさくぼ百山」や山住古道の調査など大好きな山の話題から、親との死別、地域の人口減少、温暖化、ローカル線の外国語表記の必要性まで、日々書くことを通して考えを深めてきた。
 投稿を続けることで、思いもよらない人たちとつながりもできた。特に昨年、佐久間高校(現・浜松湖北高校佐久間分校)に通っていた当時の先生から、五十数年ぶりに連絡をもらった。「投書をきっかけに驚くようなことが次々とあり、感激しました」
 日々の暮らしの中で特に大きな存在なのは、夫の修さん(73)が小学三年生の時に三十一歳で亡くなった修さんの母のことだ。当時、修さんら残された五人きょうだいを親身に支えた水窪小の恩師を一緒に捜し出し、直接感謝を伝えて念願を果たした経験も書き残すことができた。
 冊子は、生きて会うことがなかった義母に報告することを目標にしてきたという。知人ら五十人に配り終えた熊谷さんは「文章には私だけでなく、親切にしてくれた人、大事にしてくれた人、いろいろな人の思いが詰まっています」と振り返った。

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