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<ひとりじゃない コロナ下のきずな>CASE3 宮城−名古屋“一人駅伝”

2021年1月4日 05時00分 (1月4日 05時00分更新)
被災地から名古屋まで走り切るため練習する久田光政さん=名古屋市内で

被災地から名古屋まで走り切るため練習する久田光政さん=名古屋市内で

  • 被災地から名古屋まで走り切るため練習する久田光政さん=名古屋市内で
  • 2019年の合宿で笑顔を見せる荒怜弥さん(右奥)=愛知ボランティアセンター提供
 足を動かすたび左膝が痛んだ。前日は七十キロ、二日目のこの日は十時間をかけて五十キロ。昨年十一月から、名古屋市の東海高教諭、久田光政さん(64)は、年明けの本番に備え、ひたすら走り始めた。「被災地のために」の思いを抱いて。
 十年前、二〇一一年三月に発生した東日本大震災。被害の大きかった岩手、宮城、福島の三県で親を失った孤児、遺児は千八百人を超える。彼らの進学を助けようと、久田さんが理事長を務めるNPO法人「愛知ボランティアセンター」は寄付を募ってきた。
 発生直後から今までに寄せられた金額は四億八千万円にも。教師として「学ぶことは世界を広げ、未来に歩を進める力になる」と信じ、毎年六万〜八万円を応援金として高校卒業まで贈り続ける。千四百二十人が申し込み、受け取った。
 もがきながらも前に進んでいるように見える子どもたち。しかし、心は揺れている。一三年から春と夏に行ってきた三泊四日の合宿。二年前の八月、遺児五人で名古屋に来た福島県新地町の中学三年、荒怜弥(あられいみ)さん(15)は二日目の夜、ほぼ話したことがない「あの日」のことを初めて口にした。
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