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最後の箱根 裏方でVを 中能登出身・三浦さん(東海大4年)

2020年12月31日 05時00分 (12月31日 05時02分更新)
東海大の学生コーチとして箱根駅伝に臨む三浦創太さん=神奈川県平塚市で(三浦さん提供)

東海大の学生コーチとして箱根駅伝に臨む三浦創太さん=神奈川県平塚市で(三浦さん提供)

けがに泣かされ 学生コーチに転身


「悔しいけど、現実受け入れた」

 選手としての出場はかなわなかったが、最後の晴れ舞台が近づいている。東海大四年の三浦創太さん(21)=中能登町出身。来年一月二、三日にある東京箱根間往復大学駅伝で、「学生コーチ」として日本一を目指す。度重なるけがに泣かされたが、箱根を目標に競技を続けてきた。「未練はあるし、やっぱり悔しい。けど、現実を受け入れた。コーチとして選手を支え、優勝したい」 (稲垣達成)
 まもなく四年となるタイミングだった。二月下旬。全体ミーティングで5000メートルの基準タイムが示され、こう告げられた。「三年秋でタイムが切れていない選手はマネジャーになってもらう」。予期せぬ宣告に、頭の中は真っ白に。タイムには15秒ほど届いていなかった。「マジかよ…」
 一週間、考える時間が与えられたが、「放心状態だった」。突きつけられた現実。最後にかける思いは強く、受け入れがたかった。「ここからが勝負だと思っていたのに」。一人布団にくるまり、涙を流した。
 物心ついたときには始めていた陸上。幼いころから箱根を目指した。「あこがれ。いつか自分も」。夢に近づくため、金沢市の遊学館高校へ。何度も全国を舞台にたすきをつないだが、けがにも泣かされた。「苦しさの連続。思い通り走れたのは一、二本」。卒業後は就職も考えたが、あきらめきれなかった。縁もあり、強豪・東海大へ進んだ。
 二年ぶりの総合制覇を狙う東海大。壁は高かった。「三年間、結果が出せなかった。それがすべて」。感情を押し殺し、三月から選手を支える「学生コーチ」にまわった。「ここまで来て、辞めたくなかった。どんな形であれ、仲間と最後まで夢を追い掛けたかった」
 大学で競技人生に区切りをつける。箱根路は駆け抜けられなかったが、最後まで全力で臨むと誓う。「結果を出せなかったのに、ここまで夢に挑戦させてくれた両親、携わってくれた指導者の皆さんには感謝しかない」。照れくさくて面と向かっては言えないけど、心の中でそう思っている。

 みうら・そうた 1999年1月生まれ。旧鹿西中学校1、2年時に全国中学駅伝大会に出場。遊学館高校3年で都大路を走ったほか、全国都道府県対抗男子駅伝大会に県代表として出場。趣味は音楽鑑賞。身長173センチ、体重59キロ。「石川に戻ったらすしを食べたい」


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