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なたべら鮎と山下竿 飛騨・北陸の伝統漁法(4)

2020年12月29日 05時00分

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山下竿を手に益田川漁協相談役の桂川さん

山下竿を手に益田川漁協相談役の桂川さん

 【なたべら鮎(あゆ)と山下竿】
 明治時代から戦後間もないころまで宮川が流れ込む神通川には御料場があり、富山湾からそ上したサクラマス、サケ、アユの3種を皇室に献上していた。
 宮川で捕れる魚のおいしさは折り紙付きというわけだが、中でも大きなアユは「なたべら鮎」と呼ばれ、杉原鱒(サクラマス)と同様、飛ぶように売れた。
 なたべらとはナタやヘラのように幅(体高)があるため付けられた名で、現地では今でもサークルや大会名に冠してこの名が使われている。当時を知る旧宮川村桑野出身の宮本稔正さんは、「大瀬の淵で捕れるアユはおいしく、100匁(もんめ=375グラム)以上は皇室御用達になったと聞いています。味の決め手は大きな岩が多く、餌となるコケが良質だからでしょう。高山から何人もの商売人が買い付けに来ました」と話す。
 川漁に詳しい「岐阜の川人文化研究会」の長尾伴文さん(岐阜県下呂市)によると、1932(昭和7)年8月、富山県境に近い同村加賀沢で170匁(638グラム)という国内最大級のアユを釣った人がいるという。
 その人は国内最高傑作とされる「山下竿」を作った山下福太郎(旧静岡県賀茂郡上河津村・1899〜1963)だ。
 山下は“伊豆の出稼ぎ漁師”と呼ばれ、大正後期〜昭和初期に多くの弟子を伴って宮川を訪れた。自作した5間の竹竿(長さ約9・1メートル=5本継ぎ)は大物が掛かってもびくともしないため、村人たちの要望に応えて竿作りも商売にしていた。

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