中日育成1位左腕・近藤廉 しおれた心 北の大地で再び闘志【新時代の旗手2021】
2020年12月29日 06時00分
羽田空港から新千歳空港への約1時間半のフライト。近藤の心は使命感と寂しさが入り交じっていた。
「北海道へ行くからには、結果を出して社会人野球から誘いが来るようにしたいと思ってました。でも、地元の友達に会えなくなるのはさみしいなと…」
豊南高3年の3月。降り立った北の大地には約30センチの雪が積もっていた。東京出身。雪国での生活はイメージできない。目の前の雪を踏み締め、一度は辞めようとした野球に再び挑み始めた。
小2から東京都板橋区の軟式チーム「蓮根(はすね)ロータス」で野球を始めた。父・亨さん(49)によると「性格はすごい勝ち気」。小6の時に区大会決勝戦で先発完投するも、チームを勝利に導くことができず、試合後には悔しさのあまり膝に手をついて泣き崩れたという。
高3の夏。近藤は「4回戦の帝京戦でいいピッチングをして野球は辞めよう」と考えていた。結果は、完投した1回戦で負けた。帝京はおろか2回戦にも進めなかった。
「負けた当日に家に帰ってから、明日から何をしたらいいのか分からないなと。授業中も野球以外で何をしたらいいのか考えていました」。再挑戦を決めたのは東東京大会の敗退からまもなく。札幌学院大の練習を見学した時だ。自主的に練習する雰囲気、練習設備を見て、消えかけた心に火が付いた。
高校では177センチ、73キロと標準的な体格だった。大学では、球速アップのため体重増に努めた。「量を食べるのが苦手」。量が無理なら回数。1日に6度の食事。オフは週6度、ウエートトレーニングに取り組んだ。4年春には87キロへと14キロ増。球速も伴い、4年秋のリーグ戦では最速148キロをマークした。
育成ではあっても、プロ野球選手になれた。ドラフト指名を受けた後には父・亨さんに泣きながら電話。亨さんは「ほとんど声になっていませんでした。廉も私も」と振り返る。
東京都板橋区から約800キロ離れた札幌で成長を遂げた左腕。「一日でも早く支配下に上がりたい」。支配下契約を勝ち取り、北海道行きの選択が間違っていなかったと証明する。
【新時代の旗手2021】
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