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【FC東京・カップ戦3度目の頂点へ:3】羽生直剛「あの優勝で、自分が東京に来た意味を示せた」

2020年12月29日 06時00分

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献身的な守備で優勝に貢献した羽生(右)

献身的な守備で優勝に貢献した羽生(右)

◇東京アンソロジー
 JリーグのYBCルヴァン・カップ決勝・FC東京―柏戦は来月4日、国立競技場で行われる。11月7日に開催される予定だった一戦は柏で新型コロナウイルスの集団感染が起きたことで仕切り直しとなったが、FC東京にとって久々となる国内主要タイトル戴冠への思いは強い。年明け直後の決戦まで1週間。11月初旬に弊紙でスタートしながら延期を受けて全5回中2回掲載で中断していた、決勝直前カウントダウン連載「東京アンソロジー~3度目のルヴァン杯頂点へ~」も再開の運びとなった。改めて3回目以降をお届けする
  ◇  ◇  ◇
 2009年大会優勝の水先案内人は、試合前の円陣でチームメートにこう語りかけた。
 「こういう舞台だからこそ、周りに何を言われようが、今までやってきたことをやろう」
 MF羽生直剛(41)=現FC東京クラブナビゲーター=は、そう言葉にすると、キャプテンマークを左腕に巻き、先頭で国立のピッチへと入場していった。
 1年前のオフに、東京の新監督として招聘(しょうへい)された、城福浩(59)=現J1広島監督=に誘われ、自身初の移籍を決断。指揮官が掲げる人もボールも動く“ムービング・フットボール"の体現者として青赤に袖を通した。
 加入1年目はリーグ6位だったが、その翌年に機は熟す。選手間のあうんの呼吸が生み出すハーモニーで、リーグでは勝ち点を積み上げ、このナビスコ杯でも決勝に進出した。
 だが、この決勝を前に、得点を量産していたMF石川直が負傷し、FWカボレが中東に移籍する不測の事態に陥った。戦前の前評判は川崎の圧倒的優位だったが、羽生に不安はなかった。
 「(05年大会でも)下から数えた方が早い順位だったジェフ(市原千葉)が、オシムさんが率いたナビスコ杯決勝で、あのG大阪(この年のJ1年間王者)を倒した。その経験があったから前評判なんて関係ない。このメンバーならと信じていた」
 試合は“あの一撃"が全てを変えた。前半22分、自分の目の前でボールを持ち上がったMF米本(現J1名古屋)に、サイドに散らすように指示をした瞬間だった。「あっ、こいつ打つな」。羽生の声が耳に届く前に、この高卒ルーキーは右足を振り、ゴールネットを揺らしたのだ。
 「あのゴールで落ち着いた。試合中、(梶山)陽平と、遊びのパス交換をするぐらい楽しめた」
 さらに、FW平山が後半に追加点を挙げて川崎の猛攻をしのぎ、5年ぶり2度目の優勝を飾った。
 試合後には、羽生なりの粋な計らいがあった。その年限りでチームを去ることが決まっていたDF藤山にキャプテンマークを譲り、自身はカボレのユニホームを着て表彰式に登壇。さらに、引退するMF浅利の首にメダルを掛けた。「彼らが築いてきたものがあったからこそのタイトルだったから」だった。
 東京に、新たなサッカーを植え付ける。その大役を担った当時の主将は「人一倍、責任を感じていた。あの優勝で、自分が東京に来た意味を示せたなら本当に良かったし、誇りに思う」と、述懐した。(文中敬称略)

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