<2020回顧 コロナの1年> (5)消えたライブ

2020年12月28日 05時00分 (12月28日 05時01分更新) 会員限定
2005年4月、音楽仲間と名古屋ブルーノートで初ライブをした後藤浩二さん(左)。「憧れの舞台での演奏にわくわくした」と振り返る

2005年4月、音楽仲間と名古屋ブルーノートで初ライブをした後藤浩二さん(左)。「憧れの舞台での演奏にわくわくした」と振り返る

  • 2005年4月、音楽仲間と名古屋ブルーノートで初ライブをした後藤浩二さん(左)。「憧れの舞台での演奏にわくわくした」と振り返る
 七月半ば、名古屋・錦のジャズクラブ「名古屋ブルーノート」。客がいない店内に、どこか切なく優しいピアノが響いた。
 この日、ジャズピアニスト後藤浩二さん(47)=名古屋市東区=は調律だけをして帰る予定だった。直前に知らされた廃業の方針。急きょ、店での演奏をオンライン配信した。最後の曲は自ら作った「Hope(希望)」。いつかまた演奏家が集まる場ができてほしいとの願いを込めた。
 このオンライン配信から一週間後、運営会社は、客足回復の見通しが立たないとの理由から、八月十五日での廃業を発表した。後藤さんにとって、店は「憧れの舞台」だった。感染源と名指しされたライブハウスの苦境は知っていたが、「まさか名門が消えるなんて」との思いがあった。
 名古屋ブルーノートは米ニューヨークの老舗「ブルーノート」の国内四カ所目の支店として二〇〇二年開店。当時、世界的な演奏家が公演をするのは、東京、大阪、福岡ぐらいだった。
 開店後はピアニストのハービー・ハンコックさんやチック・コリアさんら海外の大物が次々と訪れた。楽屋を訪ねたり、セッションしたりと、地元演奏家が受けた刺激は数え切れない。名古屋を拠点に活動する音楽プロ...

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