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中日5位・加藤翼、中3で訪れた転機 元プロ投手の師匠以上の活躍を【新時代の旗手2021】

2020年12月27日 06時00分

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小学4年の加藤翼(家族提供)

小学4年の加藤翼(家族提供)

  • 小学4年の加藤翼(家族提供)
  • 大会の選手宣誓をする中学3年の加藤翼(家族提供)
 習っていたわけでもないのに小さい頃から絵と工作は得意。色鉛筆を手にすれば2時間も3時間も夢中で絵を描いた。大手企業で技師として働く父と小学校教諭を務める母が願う将来の進路は建築士だった。
 転機は中学3年の秋に訪れる。当時は岐阜加茂ボーイズに所属していたが、同学年はわずか7人で2、3年生合わせても計10人の小所帯。それでも実力が見込まれ、岐阜選抜に選ばれた。普段よりもレベルの高い場所で約3カ月間プレーすると、負けず嫌いの性格に火が付いた。
 岐阜選抜での大会が終わった直後の11月、「高校でも野球を続けたいんだって」と3つ上の兄を通して父・通臣さんは意志を知らされた。膝をつき合わせて「本当のところはどうなんだ」と聞くと、「帝京大可児に行きたい」と二つ返事で答えが返ってきた。
 「高専のオープンキャンパスにも行って、親としては勉強させる計画をしていたんですけど…。行きたいと言われればそれまでですね」。当時を振り返りながら、通臣さんは苦笑いを浮かべる。
 兄も通っていた帝京大可児高の練習を見学。そこで、オリックスなどで通算28勝を挙げ、現在は同校のコーチを務める田中祐貴さん(41)から「キャッチボールをしよう」と誘われた。何球か投げ合っただけで、「ここが痛いんじゃないか」と当時故障していた肩のけがを見破られた。
 「キャッチボールだけで分かるなんて、すごい!」。自宅へ帰る車中では元プロの眼力に興奮。田中コーチから指導を受けた高校時代には20キロ以上の球速アップに成功し、最速153キロ右腕へと急成長した。
 「キャッチボールをする時の意識、軽く投げてもスピンを利かせる大切さを教えていただいた。ユウキさんの存在はすごく大きかったです」と感謝の気持ちを忘れない。師匠以上の活躍をすることが、恩返しになる。

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