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揺らぐ自由の原則 コロナ禍の1年 仲正昌樹 金沢大教授に聞く

2020年12月26日 05時00分 (12月26日 11時18分更新)
 新型コロナが世界を揺るがしたまま暮れようとしている二〇二〇年。米国に分断をもたらしたトランプ政権は大統領選後も敗北を認めず、日本でも「陰謀論」が渦巻く。コロナによるリアルな関係の希薄化は何をもたらすのか。仲正昌樹・金沢大教授(政治思想史)に聞いた。(聞き手・松岡等)

「コロナによって自由主義の前提が脅かされている」と語る仲正昌樹教授=金沢大角間キャンパスで


 新型コロナウイルスの感染拡大で、自由主義の大前提が崩れているようにみえる。感染者を減らすためなら確かなエビデンスがなくても、さっさと措置しなくてはならないと、人間の行動、経済活動の自由を制約することを、さしたる議論もなく受け入れられるようになりつつあることには懸念がある。
 本来はリベラル派が主張するはずの集会の自由についても議論の声が聞こえない。政治的な左右の対立はなくなり、強い措置に両方が賛成する。「緊急事態」を叫ぶ声に懸念がないのは実は怖いことだ。
 政治思想的には、英国の哲学者ジョン・スチュアート・ミルの「権力が自由を制約してよいのは、他人に危害のある場合に限られる」というのが原則。コロナのリスクがありそうだということだけで、他者に危害のある人間として扱われるのは危険だ。差別につながる可能性もある。
 都議会で、理由がなくウイルス検査を拒否した場合などに罰則を科す条例案が検討されたが、どんな行為が犯罪となるのかを明確に定める近代刑法の基本(罪刑法定主義)を考えれば、抑制的でなくてはいけない。「他人に感染させる」とはどういう場合かはきちんと議論されなくては。感染すれば即、死に至るような毒性があるようならあり得るかもしれないが、そもそもそこまでの感染症なのかどうか。
 大統領選挙後にトランプ支持者が主張している陰謀論が、日本の一部に広がっていることにも懸念を感じている。陰謀論をいう人は、はじめから大手メディアの情報を疑っている。本来なら、おおよその相場観で情報を共有し、イデオロギーが違っても会話が成り立つはずだが、それを無視し、トランプ大統領の言うことを一応信用すべきだと主張する。議論の不可能性が起きつつある。
 原因の一つがネット依存。ネット上では、自分の好む情報にくぎ付けになってしまう傾向があり、嫌な話は排除される。SNS(会員制交流サイト)は一方向性を強める性格があるが、それが顕著になっている。
 コロナによって人と人との接触が減っていることも要因かもしれない。人は外出してこそ人間と出会う。「あの人はおかしなことを言っているな」というのは、実際に会えば感じるし、言っていることも補正できる。ネット情報だけでは偏見が増幅され、チェックが働かない。
 必要なのは、フランスの社会学者ピエール・ブルデューや米国の政治学者ロバート・パットナムらの言う、人と社会のつながりの豊かさを示すソーシャル・キャピタル(社会関係資本)。イングランド銀行のある幹部が「会議の内容より、本題の前の雑談などが判断力を支えている」と語っている。感覚のずれを知るための機会や人脈がなければ、たまたま聞いた偏った政治的なメッセージや怪しい情報を信じ込んでしまいがちだ。
 日本の一部の人にみられるトランプ大統領の主張への強い執着は、中国脅威論とも結びついている。自分が疎外されているという意識の中で敵をつくり、それが強いリーダーを求めるポピュリズムにつながっていることに注意しなくてはいけない。

「哲学JAM[赤版]現代社会をときほぐす」


19年の連続講座 「哲学JAM」が本に

 仲正教授が講師となり、金沢市石引の書店「石引パブリック」で二〇一九年に計十一回にわたって開かれた連続講座「哲学JAM 現代社会をときほぐす」(共和国)が三巻本となって出版される。
 哲学JAMは、グローバル化が進み、複雑化する社会を生き抜くためのヒントを哲学から探ろうと、昨年一月からほぼ月一回のペースで開催。毎回二十人ほどが参加した。

哲学JAMで仲正教授(左端)の講義を聴く人たち=2019年1月、金沢市石引の書店「石引パブリック」で


 第一巻の「赤版」には、「哲学とは何か」「独裁は悪か」「国家とは何か」をテーマにした三回分の講義に加え、緊急論考「新型コロナと全体主義と哲学」も収録した。
 発売は来年一月十一日だが、石引パブリックでは今月二十六日から店頭とオンラインストア(www.ishipub.com)で先行販売する。四六変型判、二百ページ。二千円(税別)。続刊の「青版」は来年二月、「白版」は四月に発売予定。

【プロフィール】なかまさ・まさき=金沢大法学類教授。専門は法哲学、政治思想史、ドイツ文学。1963年、広島県生まれ。東京大大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。『今こそアーレントを読み直す』『現代哲学の最前線』『フーコー<性の歴史>入門講義』など著書多数。


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