本心<160>

2020年2月18日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第八章 新しい友達

 結果的に、それは、僕の無実の証明に役立ったが、プライヴァシー保全の観点からは、明らかに問題だった。契約書には、免責条項があった気もするが、いずれにせよ、野崎は、そのことには一切言及しなかった。
 彼女はただ、相談する僕の顔を注意深く観察しながら、<母>の実体であるAIが、一体、何を学習してしまったのか、見当をつけようとしている様子だった。そして、途中で何か気がついた様子で、さりげなくメモを取っていた。
 それから、彼女は意外な提案をした。
「これは、飽(あ)くまでご相談ですが、――お母様に、お仕事をしていただく、というのはどうでしょうか?」
「仕事?……ああ、そちらで最初に会った V F (ヴァーチャル・フィギュア)の、……えっと、四年前に亡くなったっていう……中西さん、でしたっけ?」
「中尾さんですね。」
「あ、そっか。あの中尾さんみたいな感じですか?」
「そうですね。実は、介護施設向けに、VFのレンタル事業を始めたところなんです。なかなか今は、施設に入るのも難しいですけど、どうにか入れても、そこに話の合う人がいるかというと、また別問題で。やっぱり、部屋の中で何も喋(しゃべ)らない時間が増えると、急速に老化が進んでしまうみたいです。」
「……ええ。」
「でも、職員も人手不足ですし、介護ロボットも増えてますし、ご家族があまり訪ねて来られない方は、話し相手がいなくて非常に孤独なんです。――それで、試験的に、弊社のVFのレンタルを施設向けに開始したんですが、予想外に好評で、本当に、一日中、会話を楽しんで下さってる入所者の方もいらっしゃいます。」
「そうですか。……」
「一般的なVFじゃなくて、普通の人間のように、個性を備えている方が歓迎されます。もちろん、合う、合わないがありますから、弊社としても、老若男女、出来るだけ多くのVFの方々にご協力いただいて、先方のリクエストに沿った方を派遣したいと考えておりまして。――石川さんのお母様は、読書家でいらしたし、英語を話されたり、シングルマザーだったりと、施設からいただいているリクエストと合致する点が多いんです。」
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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