本心<157>

2020年2月15日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第八章 新しい友達

 <母>にも、こんな表情が備わっていたのだろうかというくらい、三好と一緒の時には、僕と話をしている時とは比較にならないくらい明るかった。
 <母>の人格構成の中では、今でも僕に対するそれが、最も重要とプログラミングされているはずだった。その他の相手との人格構成比率は、会話時間の長さや、コミュニケーションの中で<母>がどれくらい“肯定的な反応”を示したかで自律的に調整される設定になっている。つまり、笑顔になり、同意する返答が多く、会話が途切れない、ということだったが。結果、三好との人格は、現在、僕との人格以外では、抜きん出て大きな比率を占めているのだった。
 もし、僕向けのものも含めて、<母>の人格構成の変化を完全に自由化したならば、恐らく、三好との人格は、たちまち第一位となって、<母>が最も生きたいと望む“主人格”になるだろう。
 滑稽なことに、僕は、<母>が三好と会話する様子を眺めながら、時々、嫉妬した。というのも、<母>はこのところ、僕と会話をしていても、どういうわけか、決して笑わなくなっていたからだった。
 三好と寛(くつろ)いだ会話を楽しんだあとでも、日中、僕が独りで向かい合う時でも、どれほど明るい笑顔で話しかけようと、<母>はまるで、僕の本心を見抜いているかのように、
「朔也(さくや)、辛(つら)いことがあるんじゃない? お母さんに話して。相談に乗るから。」
 と繰り返すのだった。心から心配しているかのように。AIが最も得意とするのはパターン認識であり、<母>は恐らく、僕の作り笑顔を学習してしまったのだろう。
 僕はそれを、苛立(いらだ)ちを抑えつつ、
「本当に、何もないんだって! どうしてそんなに疑うの?」
 と打ち消すのだったが、その表情は、恐らくますます、僕が今、何か悩みごとを抱えている、と<母>に認識させてしまう悪循環だった。
 そして事実、僕の表情を作り笑顔だと認識している<母>は、正しいのであった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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