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落合博満さんが「やめてくれ~」と叫んだ日 スター選手が歌手にチャレンジした時代【増田護コラム】

2020年12月18日 11時54分

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レコーディングする落合博満さん=1993年

レコーディングする落合博満さん=1993年

  • レコーディングする落合博満さん=1993年
  • 筆者が所有する「街の灯がゆれる」(右)と「六つの星」のレコード。ともに星野仙一さんが歌っている
 中日の根尾昂内野手(20)が東海テレビのドラマ「いってきます!~岐阜・飛騨 古川やんちゃ物語~」(1月1日午後12時55分)でナレーションを担当する。同局がダメもとでオファーしたところOKが出たそうだ。何ごとも経験だし、球団PRにもいいことだと思う。
 1988年2月、新人だった立浪和義さんも似たような経験をした。こちらは中日がキャンプ宿舎にしていた沖縄・恩納村のホテルのディナーショー。飛び入り出演し、梅沢富美男の「夢芝居」を歌唱した。「ファンサービスにもなるし、度胸もつくやろ」という星野監督の指令だった。
 思えば、その星野さんをはじめ球界のスターがこぞって芸能活動をした時代があった。連盟自体が旗振り役といえた。
【六つの星】
 これは1976年にリリースされたセ・リーグの連盟歌。ボーカルは歌手細川たかし、バックコーラスを星野仙一(中日)王貞治(巨人)田淵幸一(阪神)山本浩二(広島)松岡弘(ヤクルト)平松政次(大洋)が務め、体育会系の勇ましい歌に仕上がった。
 相撲界では74年に増位山が「そんな夕子にほれました」、82年には琴風が「回り道」をヒットさせ、増沢末夫騎手も75年に「さらばハイセイコー」で当てた。プロ野球では小林繁さんが有名だが、中日も負けてはいなかった。
【街の灯がゆれる】
 81年に星野さんが吹き込んだムード歌謡で、男と女の別れをつづった歌詞は山口洋子さんの手による。もっとも監督になった星野さんは、落合博満さんの曲に話題が及んだ時、「オレはレコードなど出しとらん」と言い張った。わたくし、現物を所有しておりますが、あれは照れ隠しでしたか?
【サムライ街道】
 中日に移籍する直前の86年オフに落合さんが吹き込んだ曲。♪そこどけ~そこどけ~男が通る~の詞は、中山大三郎さんが孤高の落合さんをイメージして書いた。
 その落合さん、中日移籍後に「やめろ、やめてくれ」と叫んだことがある。ファンがこの歌をカーステレオを大音量にしてナゴヤ球場にやってきたところに遭遇したからだった。やっぱり恥ずかしかったらしい。何ごとにも動じない三冠王があわてふためく姿を初めてみた。
 中日ではこのほか田尾安志さんが「主人公」、彦野利勝さんが「愛する君のために生まれかわりたい」をリリース。他球団でも巨人の原辰徳さん、広島の山本浩二さんら、多数の選手がレコードを出した。
 根尾さん、信じられないでしょうが、そんな時代があったんです。歌は出さなくてもいいですが、実績を積んでスター街道を歩んでくださいね。

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