本心<155>

2020年2月13日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第八章 新しい友達

 「リアル・アバター」の業者は他にもあり、実際、僕も今のところが三社目だったが、報酬はここが一番高く、より好(よ)い条件を求めて会社を変えた以前とは違い、評価で業務停止を喰(く)らった“札付き”となれば、新たに契約先を探すのも容易ではなかった。
 業界も人手不足なので、条件を譲歩すれば、恐らくどこかに働き口はあったが、低収入だけでなく、肉体的にも精神的にも、生活はいずれ、立ち行かなくなるだろう。
 僕は元々は、この仕事が嫌いではなかった。今にして思うと、本心からそうだったのかはわからない。勿論(もちろん)、すべては相対的な問題であり、高校中退という僕の立場で選べる仕事としては、悪くはなかった。深く心に刻まれた人との出会いもあったし、独りでは行けない場所にも行くことが出来た。
 メロンの一件が、僕を最後に、決定的に打ち砕いてしまったのは事実だった。しかし、その馬鹿(ばか)げた出来事にすべてを帰すより、年来の蓄積が、限界に達していたのだと考える方が、さすがに事実に近い気がした。
 母は結局、それを見越していたのであり、河津七滝行きで、一旦(いったん)は僕の仕事を認めてくれ、そのまま死んでいったが、
「お母さん、僕やっぱり、辛(つら)くなってしまって。」
 と今、言ったなら、
「そうでしょう? ああは言ったけど、無理よ。しばらく休みなさい。お母さん、朔也(さくや)のからだのことが心配よ。」
 と言うに違いなかった。
 やっぱり、母の言う通りだったと、一言伝えられないことが、無性に寂しかった。
 新しい仕事を探さねばならなかったが、僕は一週間、とにかく、何もせずに自宅で休息を取ることにした。
 久しぶりに目にした<ライフプラン>の寿命予測は、三ヶ月前には七十七歳だったはずなのに、六十九歳まで減っていて、僕は目を疑った。
 嫌なことばかりではない。三好との新しい生活など、好ましい出来事もあったはずなのに。
 寿命が、<残り 39年215日3時間12分02秒>と計算されて、刻々と減っていく様を見ているうちに、僕は恐(こわ)くなった。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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