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野村萬斎「開会式は…簡素化する」「コマーシャリズム化した五輪を、元に戻すチャンス」【本紙単独インタビュー】

2020年12月15日 06時00分

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 ―スポーツに狂言の世界観。難しい注文だが
 「ウマが合ったのか、彼はよく聞き入れてくれた。あれだけ広い空間を一人で埋めないといけない。天地人という垂直軸と水平軸もあり、宇宙に向かう気持ち、氷という地面もあり、観客という人への意識もある。ジャンプするということは天への意識だ。そんな話をした。フィギュアスケートには職人的な技術力も必要だが、芸術性もある。単に回っていればいい、跳んでいればいいではない。アドバイスしたらすぐ変わった。元々その意識を持っていたから、僕の言ったことが響いた。そういう意味では羽生選手と僕は共通する。意識が近かった」
 ―「SEIMEI」は羽生を代表するプログラムになった
 「よほど体に合っていたのか。彼が選んでいる曲はためがあるものが多い。ためとか、こぶしとか、日本の伝統的なリズム感としてある気がする。天才だなと思いますよ。普通の人は言ってもできやしない。それができてしまう。僕が授けたような言い方になっちゃうが、彼の中で疑問の霧が晴れたということじゃないのか」
 ―野球や相撲にも造詣が深い
 「少年野球をやっていたし、野球は好き。キャッチャーとピッチャーの間合いとか。イチロー選手はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で最後に打ったシーンは、自分で実況中継をしていたらしい。僕も壁にボールを投げるときは2死満塁で最後の打者にむかって投げるとか、そういうことはよくやっていた。野球にはかなり演劇的な設定、緊迫感を感じる。2死満塁でどっちに転ぶか、劇的じゃないですか。相撲は初代貴乃花と北の湖時代が印象的。北の湖がヒール役で。相撲にも善玉悪玉があるんだと思ったり。貴乃花が初優勝したときは、ソファのクッションやらを投げたりして、母や姉と大歓喜した思い出がある」
 ―狂言師でありながら、スポーツと関わり、映画も現代劇も
 「軸は狂言。そこから発して狂言から離れていっても、最終的には表現という大きなネットワークでつながる。同心円の中心に狂言がある。いろんな方とお手合わせして、ズレも楽しみながらこちらの幅にしていく。狂言というのは師匠のまねをするわけですね。自分より巨大な経験があり、技術をもっている先生のコピーをする。人のふんどしをはくなというたとえもあるけど、自分がガリガリでふんどしがずり落ちてしまうなら、太らないと。自分サイズに合わせるんじゃなく、上のサイズに合わせていく。それが古典芸能で先生とか師匠に追随していく方法論にも通じる。その延長線上で、初めて会う人とはコラボレーションを楽しみつつ、技をちょっとずつ盗ませて頂く」
 ―それにしても活躍の幅が広い
 「狂言師はオールマイティーだという言い方もできる。狂言には様式や型があるけど、人間を活写する一つのプログラムでもあるから、ちょっと現代劇用に変換することで、通用する。近似値が近い。お能では難しいかもしれない。人間の演じ方というより、亡霊の演じ方だったりするわけで。人間の魂は演じるけど、現存する人間の演じ方とは違う。狂言は戦国時代が得意だけど、例えば江戸町人文化は歌舞伎の方が強い。江戸の長屋の話となると、ボクより歌舞伎役者や落語家さんの方が得意なのでは」
 ―かつて父の万作さんから教えを受けたように、長男の裕基さんも厳しい指導で狂言師へ導いた
 「僕自身は狂言サイボーグにされた思いもあるが、狂言以外でも、狂言が有効だと感じられるときにやっていてよかったと、(CMの)公文式のようになるわけです。息子を教えるとき、(まだ)自分の意思ももっていない子に狂言をさせていいのかと葛藤した。目が覚めたら本郷猛は仮面ライダーだった。驚くわけです。同じように低学年になって自意識がでてきたときに、なんで狂言やっているのかと思うだろう。それをよしとするか、迷惑だと思うのか。僕は苦しんだ。ただ、サイボーグにするなら徹底的にやらないと。生半可なサイボーグができてしまったら、それこそ戦えない。超高性能なものに仕立てないといけない。腹をくくったら、親という立場から決別して、後継者に対しては鬼のようにやらないといけない」
―ときに非情になった
 「好きとか嫌いとかを超えたところでプログラミングしていく。普通は耐えかねてやめるかもしれないが、子供はそうはいかない。日本の古典芸能の良さはプロセスを楽しむことにもある。芸もできない小さい子役が、やがては大きくなっていい役者になるだろうと思って育てる。このシステムは世界をみたってない。将棋や囲碁のように、最初から天才はいないですよ」
 ―2021年1月17日には名古屋能楽堂で「万作を観る会」(中日新聞社後援)が催され、万作さんと出演する
 「例えばお辞儀にしても、若いうちは型でしようとするから、何となくサイボーグのように見える。それがだんだん人間味になっていく。ウチの父を見れば、型なんかどこにあるんですかというくらい、型を超越した自然の芸に見える。笑いは免疫力をあげるという説もある。コロナ禍でちょっと閉塞(へいそく)感ある今、大いに笑っていただきたい」
  ▼野村萬斎 1966(昭和41)年4月5日、東京生まれの54歳。本名武司。70年、3歳で「靭猿(うつぼざる)」の子猿役で初舞台を踏み、74年に初の海外公演(ハワイ)参加。85年、黒澤明監督の映画「乱」で映画初出演した。89年東京芸術大を卒業。94年、曽祖父・5世野村万造の隠居名「萬斎」を襲名した。映画やドラマ、教育番組に幅広く出演し、国内外でも狂言を披露し、多方面で才能を発揮している。2021年開催予定の東京五輪・パラリンピック開閉会式を演出する総合統括に就任している。
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