本心<156>

2020年2月14日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第八章 新しい友達

 ともかく、意思に反してベッドから起きられなくなってしまう事態を最も懸念した。
 三好は、出勤しない僕に気づいて、「体調悪いの? 大丈夫?」と声をかけてくれたが、平気だと伝えると、それ以上、進んで事情を探ろうとはしなかった。
 一緒に生活し始めてわかったが、彼女はそういう人だった。気づかいなのか、それとも、意識的に距離を保とうとしているのか。
 僕の抱えている問題を、家族的に共有しようとする素振(そぶ)りはなく、それが彼女の家庭環境に由来するのか、「シェア」という共同生活についての、彼女なりの考えなのかはわからなかった。
 彼女の腸炎の時とは逆に、僕は、彼女の出勤を見送りながら、もし自分に介護が必要になったとしたならと考えた。彼女がそれを引き受けることはあり得ないだろうし、たとえそれを申し出られたとしても、僕は単純には喜べないだろう。
 「シェア」とは、結局、健康で自立した人間同士にしか不可能な発想ではあるまいか?一時的な看病で済む程度の病気ならば、助け合いも可能だが。
 僕も、いずれは老いる。恐らくは独りで。そして、ある日ふと、ベッドから窓の外を眺めつつ、考えるのだろうか。――もう十分だ、と。……
 けれども、三好は決して、冷淡というわけでもなかった。出勤後のリヴィングには、さりげなく、彼女の買って来た菓子やパンが、「よかったらどうぞ!」と残されたりしていた。
 顔を合わせれば、会話をしたし、夕食を作って待っていると、喜んでくれた。
 皮肉なことに、彼女が最も快活になるのは、リヴィングで<母>と長話をしている時だった。
 よく笑う、というのも、三好の意外な印象だったが、それにしても、僕の部屋まで聞こえてくるその声には、嘘偽(うそいつわ)りのない楽しさが溢(あふ)れていた。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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