本心<167>

2020年2月25日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第八章 新しい友達

 野崎も当然、その前提で話しているのだった。
 僕は、ひとまずその方法を試してみることにした。確かに、彼女があれこれ弄(いじ)って、<母>が急に愛想良くなるのも、昔のSFの脳手術か何かのようで気味が悪かった。
 もう一つ、野崎は、<母>がこの一週間の派遣で、早速、一万二千円も稼ぎ出したことを僕に報告した。
 <母>が既に、施設で働き始めていることは知っていて、そのやりとりを僕は見ることが出来たが、何となく気が進まず――これも一種の嫉妬だろうか?――顔を背けていた。
「たった一週間で、そんなにですか?」
「はい。一人、お母様をとても気に入られて、四日連続でご指名になった方がいらっしゃいます。」
「誰ですか?」
「データはお送りしていますが、元々、大学で英文学を教えてらした方です。八十歳ちょっと過ぎくらいの方ですね。」
 僕はぽかんとした後に苦笑した。
「幾ら母が読書家だったからって、そんな、大学の先生のお話相手が務まるほどじゃなかったと思いますけど。色々、学習させすぎなんじゃないでしょうか?」
「いえ、ご提出いただいていた本棚の写真を参考にしつつ、藤原亮治の本とか、お母様の世代が、学校の国語の教科書で勉強されたような作品を学習リストに加えた程度です。」
 そう言うと、野崎は少し皮肉めいた笑みを口許(くちもと)に過(よぎ)らせ、それを紛らすようにまた続けた。
「お相手の方と、対等にお話しにならなくていいんです。聞き役ですね、求められてるのは。むしろ、あんまり反論しても不興を買いますし、大人(おとな)しく、何時間でも相槌(あいづち)を打って話を聴いていられる、というのが、 V F (ヴァーチャル・フィギュア)のいいところです。あまりぶっ通しだと、お母様も疲れてくるように設定されていますが、どちらかというと、それはご利用者の疲労を懸念してのことです。――幾つになっても、男性は、女性に何か教えたがるでしょう?」
「……そういう話ですか。」
「お母様は、呑(の)み込みがいいって、すごく気に入って下さってます。」
「AIですから、それは。」
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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