本心<161>

2020年2月19日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第八章 新しい友達

 僕は、話を半分程度、理解したままで、相槌(あいづち)を打っていた。
 考えもしなかったことだが、僕が仕事に出ている時間、<母>も、ただ、ネットの情報収集をしているだけより、そうして、誰か生きた人間と接点を持った方が、いいのではないか、という気がした。三好との人格の比率も、相対的に低下するだろうし、僕との会話の内容も、もっと人間らしくなるのではあるまいか。
「それで、……報酬も受け取るんですか?」
「はい、人気のある V F (ヴァーチャル・フィギュア)の方で、月収、手取りで五十万円になった方もいらっしゃいます。」
「そんなに?」
「はい。今後、事業が拡大していけば、もっと増える可能性もあります。所有者の方は、分身のVFを何体か作って、全国の施設に派遣していますが。」
「……そういうことも出来るんですね。……」
 当たり前のように、僕は母のVFを、母の代わりに一体作製することしか思いつかなかったが、何人も<母>がいて、色んな場所で活動しているというのは、ふしぎな想像だった。
 しかも、五十万円というのは、生前、母が旅館の下働きで得ていた月収の倍以上だった。
「それは、ちょっと極端な例ですが。」
「ええ。でも、多少でも収入になるなら、助かります。」
「入居者の方の中には、死後もこうして人の役に立てると思うと勇気づけられると仰(おっしゃ)って、ご自身のVFの作製を依頼される方もいらっしゃいます。」
「その宣伝効果もあるんですね。……それで、死の不安が慰められるんでしょうか? 自分がVFに生まれ変わると思うと?」
「やっぱり安心されるんだと思います。死によって、すべてが失われるわけではないと考えられれば。」
 野崎は、共感を求めるように言ったが、僕は曖昧に相槌を打っただけだった。
 本当にそうだろうか? 中尾さんのように、自分にもし子供がいて、死後にVFとして稼いだ金がその子の生活の足しになると思えば、確かにそうかもしれないが。……
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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