本心<166>

2020年2月24日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第八章 新しい友達

 大都市に憧れる地方の人間は、みんな、ただ「あっちの世界」に憧れているが、それでも土地には、まだしも留(とど)まり続ける理由がある。けれども階級には? それはただ、なくなればいいだけであって、金持ちたちの気が変わることがない以上、その方法は、みんなが「あっちの世界」を目指す、ということだけではあるまいか。
 平等!――しかし、この世の中のすべてが「こっちの世界」になるくらいなら、せめて「あっちの世界」が、今の贅沢(ぜいたく)な、順調な姿のまま存続してほしいと祈る気持ちも、わからないではなかった。……
 <母>にはその間、大きな変化があった。
 野崎から連絡があり、<母>が笑わなくなってしまった理由がわかった。それは些(いささ)か、呆気(あっけ)に取られるような話だった。
「石川さん、なんとなく気分が浮かない時には、話し始める前に、一瞬、ほんの少し視線が下を向くクセがあるようですね。口を開く前に。」
「……そうなんですか。」
「それをAIが学習してしまっていたようですね。普通の人間は、なかなか相手のそういうところまで気がつきませんけど。」
「そのせいで、そのあと幾ら笑っても、心に何かあるって判断されてたんですか?」
「はい。心を直接読むことは出来ませんけど、体の色んな部分に表れますから。そういう特徴のパターン認識は、人間よりAIの方が遙(はる)かに得意です。」
「修正したんですか?」
「いえ。視線の動きは、感情判断の重要な要素ですから、石川さんの方で、今後、お母様とお話しになる時に気をつけられる、という解決法をお奨(すす)めします。お母様を、生きた存在として尊重するならば、外部から改造する、というのではなく、こちらが気をつける、という発想も必要ですから。――もちろん、弊社として、“人間らしさ”の研究は絶えずおこなっていますので、AIそのものは、今回の件も含めてアップデートされ続けますが。」
 個別には修正せずとも、内蔵されているAI自体が更新されるなら、結局、人間とは違うじゃないかと僕は言いかけた。そして、その当たり前過ぎる言葉を呑(の)み込んだ。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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