本心<163>

2020年2月21日 02時00分 (5月27日 03時48分更新)

第八章 新しい友達

 《縁起》と違って、僕には、からだがあった。太陽が膨張して、赤色巨星となれば、ここも暖かくなり、もっと明るくなって、人が住める場所になるんじゃないだろうか?
 僕は母に、自分は藤原亮治の子供じゃないのかと尋ねなかったことを、しきりに悔やんでいた。なぜ尋ねなかったのだろう? あるいは、藤原本人に。――
 簡単なことのはずだった。しかし、それももう、僕が地球で、人間として生きていた、数十億年前の昔の話だったが。……
      *
 その後、約一週間、僕はさいたま新都心のオフィスビルで、古紙回収の仕事をしていた。
 何をしたいという考えもなく、実際に、僕の学歴で選択できる職業は限られていたが、生活費の底も見えており、ひとまずネットで探した仕事だった。
 いつまでも家に籠(こ)もっている余裕もなかった。
 高層ビルばかり、午前中五件、午後十件ほどを三人一組で回り、段ボールや古紙をパッカー車に積んでいく。
 不揃(ふぞろ)いの段ボールの束は、どうしても無理な持ち方になりがちで、実際の重量以上に筋肉に負担がかかった。
 パッカー車の荷箱を目前に見ながら滑り落ちそうになる段ボールを腹で押さえ、指先の掴(つか)む力でどうにか支えながら早足で歩く。二の腕が痛くなり、震える手の先から力が抜けていくのをすんでのところで堪(こら)えて、一つ塊を運び終えると、休みなく、また次に取りかかる。
 口を開く余裕はなく、肉体がただ、機械化する経済合理性もない仕事のために、言わば疑似機械として酷使されるのを、噴き出す汗のベタつきとともに感じていた。
 日当は交通費込みで八千円だったが、帰宅すると毎日、疲労困憊(ひろうこんぱい)して、三好と顔を合わせても、会話する気力がなかった。
 二十歳前後の頃、僕は飲食店や引っ越し業者など、幾つもの職を――職というのだろうか?――転々としていた。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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