<ユースク>お年寄り、なぜ「けんけん乗り」?

2020年11月30日 05時00分 (11月30日 05時02分更新)
 「義母が自転車に乗る際、いわゆる『けんけん乗り』しかできません。降りる時も飛び降りるといった形で、両足を地面につけて止まることができません。実家の母もそうでした。この乗降方法しかできない年代なのでしょうか」  愛知県犬山市、女性(52)
 「けんけん乗りって、できる?」。ユースク取材班で、ひとしきり議論になったのは言うまでもありません。若者と比べれば身体能力が低い高齢者がなぜ、バランスが取りづらい乗り方しかできないのでしょうか。早速、お宅を訪問しました。 (奥田哲平)

昔は「要助走」

 「けんけん乗り」とは、左足をペダルに乗せ、右足で地面を蹴ってスピードをつけて乗る方法を指す。
 「『しげちゃん』って呼んでほしい」という義母は83歳。8月下旬に自転車を降りる際に転倒し、鎖骨を骨折した。家族は「危険なのでやめさせたい」と悩むが、しげちゃんは「これしかできん」と言う。
 取材班は、負傷が癒えたという、しげちゃんに実際に自転車に乗ってもらった。自転車はハンドルとサドルをつなぐフレーム部分が低い「ママチャリ」。右足を一歩、二歩、三歩と蹴り、器用にサドル前の間を通してまたがってこぎ始めた。降りる際は、ブレーキで完全に停止させず、速度を緩めながら右足を抜いて着地した。
 しげちゃんの自転車歴は長い。太平洋戦争の終戦からしばらくすぎた中学生のころ、3歳年上の兄を手本にサドルをまたいだのが初めて。「けんけん乗り」になったのは1959年、22歳で結婚し、本格的に自転車に乗りだしてからだという。
 自転車文化センター(東京)によると、その頃、20代の女性が自転車に乗れる割合は6割ほど。メーカー各社は新規開拓として女性向け自転車の販売に力を入れ始めていたが、まだまだ公務員の初任給1〜2カ月分という高級品だった。
 しげちゃんの自転車は花嫁道具の一つ。「嫁ぎ先の義母や周りの人もこの乗り方だったので見よう見まねで身につけました」
 同センターの安全教室で講師を務める山口文知主任調査役によれば、現在、「けんけん乗り」をするのは60代以上がほとんど。子どもの頃、専用の自転車を買ってもらえず、大人用で乗り始めたり、道路が未舗装だったり「勢いをつけて乗る必要があった」という。

専門家は警鐘

 そんな高齢者特有の乗り方に警鐘を鳴らすのは、交通教育NPO「OSCNじてんしゃスクール」(愛知県尾張旭市)の片山昇代表(53)だ。「筋力が落ち、ひざの上下運動が難しくなっている人は、フレームをまたぐ際に足を引っかけて転倒しかねない」と指摘する。
 高齢者の身体能力を疑似体験するため、手足に重りを装着して実験したことがある片山さんは「曲芸のような乗り方」に映るという。高齢者にとって運転しやすい電動アシスト自転車ではさらに危険。体全体が自転車に乗りきっていない姿勢のままモーターが作動し、急発進してしまうことがあり得る。片山さんはサドルに座ったままでこぎだし、停止する安全な乗降方法も解説してくれた。
 愛知県警によると、自転車利用者の死者数は今年1〜10月で26人。うち高齢者が前年比8人増の19人を占めた。今後も高齢者が運転免許証を返納し、車に代わる足として自転車利用が増えそうだ。片山さんは「自転車は便利で気軽な乗り物だが、踏み込む力とバランスを取る身体能力が必要。ご自分の体と相談し、家族も注意して見守って」と呼び掛けている。

かつての“正解” 19世紀に原型

 実は「けんけん乗り」は欧州で自転車が誕生した19世紀に原型がある由緒正しい乗り方だ。
 草創期の自転車は前輪が大きい「だるま自転車」。サドル位置が高いため、フレーム部分のステップに片足をかけて「けんけん乗り」で助走しながら飛び乗らなければならなかった。
 間もなくチェーンが導入され、現在とほぼ同じく前後輪が同じ大きさになった後も、自転車は勢いをつけて乗るのが“正解”とされた。1899(明治32)年発行の教本「自転車乗用速成術」では、左足を後輪軸のステップにかけて「右の足をもって地を踏むと同時に地を蹴りて徐々に自転車を先方へ回転せしむべし」とある。この乗り方がやがて左足をペダルにかける「けんけん乗り」に発展し、隆盛を迎える。
 自転車は1960年代に急速に普及したが、当時は交通死亡事故が急増した第1次交通戦争の真っただ中。子どもが巻き込まれる自転車事故を防ごうと、学習指導要領に交通安全教育が位置付けられ、各小学校で乗り方教室が開かれた。停止した状態で後方確認後にこぎだす方法が教えられ、「けんけん乗り」は廃れていった。

 「けんけん乗り」へのご意見や自転車にまつわる思い出などを取材班に教えてください。ユースクホームページからLINE友だちになってメッセージを送ってください。その他、専用フォームなどでも投稿できます。


関連キーワード

PR情報