時代違う三つの遺構確認 七尾城・調度丸跡の発掘調査

2020年11月29日 05時00分 (11月29日 05時00分更新)

石塁築く前に火災か


 石川県七尾市教委が発掘調査を行っている同市の国史跡・七尾城跡の「調度丸(ちょうどまる)跡」で、異なる三つの遺構が地層から確認されたことが分かった。市教委の北林雅康専門員は「調度丸に三つの時代があったことが分かる」とし、戦国時代に畠山氏が城を築いた十六世紀前半から前田家が入城し廃城となる同世紀末まで、形を変えながら利用されてきたことをうかがわせる。本年度の調査は十二月初めまでで、来年度以降も周辺を発掘し同所の構造など把握を進める。 (中川紘希)
 調度丸跡は、本丸跡の二十メートルほど下に位置。遺構は、江戸時代作成と推定される古絵図に名前が記されているが、使われた用途や年代などは分かっていない。
 発掘調査では約百平方メートルの範囲を地表から約一・三メートルの深さまで掘削。地層が三つに分かれていることを確認した。山の岩盤を削り曲輪(くるわ)を造成した下層、石が列のように並んでいる中層、石塁が設置された上層と重なっていた。中層では、整地のために焼け焦げた土を詰めていることから、当時火災があったとみられる。
 二十八日にあった発掘調査の結果報告会で、北林専門員は「当時は単純な火事もよく起きていた。ただ戦などの影響の可能性もあり、歴史資料と照らし合わせたい」と語った。
 今後埋め戻し、九月下旬に始まった調査を終了する。県などと協議した上で来年度も同所を発掘し、今回明らかにできなかったかつての建造物の実態や使われた時期の把握などを目指す。
 七尾城は国内最大規模の山城として知られ、今回は城の中枢部分での初の本格調査。調度丸跡からは建物の礎石とみられる石も見つかっている。

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