中日春秋

2020年11月26日 05時00分 (11月26日 05時01分更新)
 妻が未明に外出している。知らないうちに新聞配達を始めていた。理由を問うとたんすを指す。質に入っていない着物は一枚だけであった。「野球ができるなら、給料などは」と情熱のすべてを指導に傾けるうちに、茨城県立取手二高野球部を率いる木内幸男監督の家計は危機的になっていたという
▼月々の手当は当初、四千円だったそうだ。常陽新聞新社編『木内流子供の力の引き出し方』にある挿話だ。大胆で絶妙な選手起用と硬軟自在の作戦、勝負の読み…。奥さまはたいへんだったろうが、「木内マジック」と呼ばれることになる名采配が磨かれたのは、長い野球漬けの日々があってこそだろう
▼木内さんが八十九歳で亡くなった。取手二を率いて「桑田・清原」のPL学園を、常総学院を率いて、ダルビッシュ投手の東北を夏の甲子園決勝でくだした。劣勢の評判もはね返しての球史に残る見事な勝利は、茨城なまりの話しぶりや笑顔とともに忘れがたい
▼屈指の進学校で主将を務めていた。自らの失策で敗れ、最後の夏を終えている。「母校に借りができた」と、受かった大学に行かず、教員ではない職業監督の道を歩んだ理由という
▼セオリーにとらわれない采配は、「ごじゃっぺ」とも言われたそうだ。茨城弁で「めちゃくちゃ」の意味らしい
▼生き方にも常識外れを感じてしまう指揮官には、褒め言葉に聞こえる。

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