柳宗理さん資料 寄贈受ける 12年から保管の金沢美大

2020年11月26日 05時00分 (11月26日 10時16分更新)
寄贈の合意書を手にする柳新一理事長(右)と山崎剛理事長=金沢市役所で

寄贈の合意書を手にする柳新一理事長(右)と山崎剛理事長=金沢市役所で

  • 寄贈の合意書を手にする柳新一理事長(右)と山崎剛理事長=金沢市役所で
  • 代表作「バタフライスツール」の初期の試作品
  • 1964年の東京五輪で聖火の運搬に使われたコンテナ

代表作のいす試作品など6701点

 戦後日本の代表的な工業デザイナー、故柳宗理(そうり)さん(一九一五〜二〇一一年)の手掛けた作品や作品模型などの資料が二十四日、金沢美術工芸大(金沢市)に寄贈された。資料はこれまでも同大が保管してきたが、寄贈を機に所有することになる。同大は研究や、製品デザイン専攻の学生の授業などに一層活用したいとしている。 (小川祥)
 寄贈されたのは、柳さんがデザインした代表作のいす「バタフライスツール」の初期の試作品や、六四年の東京五輪の聖火を運搬するランタン型のコンテナなど六千七百一点。
 これまでは、柳さんが設立した柳工業デザイン研究会(東京都)が所有していた。柳さんが同大客員教授を務めていた縁で、死後の一二年に同大に寄託し、大学側が管理。企画展などで資料を活用するには研究会の了承が必要だった。大学の受け入れ準備が整ったため、研究会は寄贈で所有権も大学に移すことにした。
 合意書の締結式が同日、市役所であり、研究会の理事長で柳さんの長男の新一さん(70)と同大の山崎剛理事長(56)が署名した。
 新一さんは「父が残したものを生かしてもらうのは金沢美大しかない。この日を迎えられて感無量」と話し、「父はもうけではなく、使う人のことを考えたデザインを常に意識していた。資料を通してこれから羽ばたく未来のデザイナーに父の遺志を学んでもらえたら」と期待を寄せた。
 山崎理事長は「大変な重責を任された。寄贈を受けることで、これまで以上に研究の幅が広がる。柳先生が残した功績を広く知ってもらうため、力を尽くしたい」と話した。

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