美浜まで「のろしがくる」 金ケ崎の退き口を再現 リレー形式「駅伝」

2020年11月24日 05時00分 (11月24日 09時57分更新)
武将などにふんし、発煙筒で「のろし」を上げる人たち=敦賀市の金ケ崎緑地で

武将などにふんし、発煙筒で「のろし」を上げる人たち=敦賀市の金ケ崎緑地で

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 戦国時代に遠隔地を結ぶ連絡手段だったのろしを、リレー形式で次々と上げる「のろし駅伝」が二十三日、敦賀市の金ケ崎(かねがさき)緑地や、美浜町の若狭国吉城歴史資料館などで行われ、浅井・朝倉軍に挟み撃ちにされ、金ケ崎から撤退する織田軍の緊迫した一場面を再現した。
 戦国大名の朝倉義景と織田信長が戦った元亀争乱から四百五十年を記念し、敦賀歴史倶楽部と同資料館が主催。滋賀県の近江中世城跡琵琶湖一周のろし駅伝に参加している小谷城(同県長浜市)での発煙を合図につないだ。
 「金ケ崎の退(の)き口」の史実に基づき、ストーリーを再構成。浅井長政が朝倉氏と協力して織田軍を挟み撃ちにするため、小谷城から出陣ののろしを上げる。これを見た天筒山(敦賀市)の織田軍が撤退を決意。前線で戦う明智光秀や徳川家康らに合図を送るため、金ケ崎緑地に構えた陣を経由して、退き先の国吉城までのろしをつなぐ。
 金ケ崎緑地では天筒山展望台から煙が上がるのが見えると、武将や足軽にふんした敦賀歴史倶楽部の三人が「おのれ浅井め。明智様、徳川様に伝えなくては。のろしを上げよ」と大声を張り、発煙筒から煙を出した。
 武将役の増田昌広さん(46)は「合戦時にはのろしをつなぐのに、どれくらい時間がかかり、どんな影響が出たのか気になる」と当時に思いをはせた。足軽役の鎌谷裕美さん(50)は「次に伝えなくては、という使命感を感じた」と話していた。 (高野正憲)

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