軍事研究強いるためか 学術会議への介入

2020年11月24日 05時00分 (11月24日 05時00分更新)

 軍事研究を強いるという真の狙いが明らかになってきた。日本学術会議が推薦した会員候補のうち六人の任命を菅義偉首相が拒否した問題。総合的、俯瞰(ふかん)的判断と言い、真の狙いを隠すのは国民を欺く。歴史の教訓を忘れたのか。
 うすうす感じてはいたが、ようやく地金がむき出しになったということだろう。国会が決めた法律の趣旨を、政府が勝手に変える違法性が問われているにもかかわらず、いつの間にか、学術会議の在り方の問題にすり替わっている。
 十七日の参院内閣委員会ではこんな質疑があった。

組織改革へのすり替え

 山谷えり子自民党参院議員「学術会議は軍事科学研究を忌避する声明を出した。おかしな姿勢だ。現代は民生技術と安保技術の境界がなくなってきている。インターネット、カーナビゲーション、衛星利用測位システム(GPS)。皆、軍事・安全保障研究から始まっている。学術会議が学問の自由をむしろ阻んでいるのではという声もたくさん上がっている」
 井上信治科学技術担当相「デュアルユース(軍民両用)の問題は時代の変化に合わせて冷静に考えなければならない課題だ。このことも梶田(隆章学術会議)会長と話をしている。まずは学術会議自身がどういう検討をするかということだ」
 山谷氏は、学術会議による軍事研究忌避を問題視するのは、会員の任命拒否とは無関係と強弁するが、首相による任命拒否が明らかになった直後に自民党内で会議の組織改革を検討するプロジェクトチームが立ち上がったのは極めて不自然だ。
 政府・自民党は、会員拒否の違法性や学問の自由を脅かすとの批判を覆い隠すために学術会議の改革を持ち出したか、もしくは、人事権をちらつかせて、学術会議に軍事研究の解禁を迫ろうとする意図が透けて見える。

裁量認めぬ形式的任命

 学術会議の会員任命について、歴代内閣は首相の裁量を認めていないことを確認する必要がある。
 法律は「日本学術会議は、優れた研究又(また)は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、首相に推薦する」「会員は、推薦に基づいて、首相が任命する」と規定する。
 会員選出が、選挙から推薦に基づく首相の任命制に移行した一九八三年、当時の中曽根康弘首相は「政府が行うのは形式的任命にすぎない」と国会で答弁し、所管大臣も「自主的な選出結果を十分尊重し、推薦された者をそのまま会員として任命する」と述べた。
 当時も、会員人事に政府が関与すれば、会議の独立性や学問の自由が脅かされるとの懸念が強かった。一連の政府答弁は、こうした懸念に応え、政府が人事に介入しないことを誓った国会との約束であり、それが立法趣旨である。
 これをいとも簡単に破ったのが菅内閣であり、菅首相が継承すると明言した安倍前内閣だ。
 政府は、学術会議の「推薦通りに任命しなければならないわけではない」とする内部文書を二〇一八年に作成して、こうした法解釈は一九八三年から「一貫した考え方」だと説明している。
 しかし、この文書が過去に国会で説明され、審議された形跡はない。国会審議を経て成立した法律の解釈を、政府の一片の内部文書で変更することは、三権分立の侵害である。許されざる暴挙だ。
 法解釈が八三年から一貫することを示す記録があるのなら、国会に提出し、その妥当性を審議すべきだ。記録があったとしても有効とはいえないが、いまだ提出されていないところをみると、恐らく存在しないのだろう。
 学術会議は科学が戦争に利用されたことを教訓に生まれ、発足の翌五〇年と六七年に「軍事目的の科学研究を行わない」とする声明を発表。二〇一七年には防衛省による軍事応用可能な基礎研究への助成制度を念頭に、過去二回の声明を継承すると表明した。首相官邸による学術会議会員人事への介入が始まったのはその前後だ。

「歴史の教訓」忘れるな

 任命が拒否された六人はいずれも、安全保障関連法や「共謀罪」法など、安倍前内閣の政策に批判的な意見を表明している。菅首相は任命拒否の具体的理由を説明していないが、政府批判への意趣返しと勘繰られても仕方がない。
 政府と自民党は、人事や予算、組織改革を盾に、学術会議を意のままに操ろうとしているのではないか。それが軍事研究を強いるためだとしたら到底看過できない。
 日本の科学研究が軍事と距離を置くのは、平和国家として当然であり、歴史の教訓でもある。
 軍部とそれに迎合する政治家が学問や表現の自由を弾圧して破滅的な戦争に突き進み、国民に大きな犠牲を強いて、塗炭の苦しみを与えた。政治家はその重い事実を決して忘れてはならない。

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