棒の手「鎌田流」に初の女性宗家 豊田・深田志保さん

2020年11月23日 05時00分 (11月23日 14時36分更新) 会員限定
父が着ていた衣装をまとい、初代満孫の自画像が描かれた掛け軸を紹介する深田志保さん=豊田市宮口町で

父が着ていた衣装をまとい、初代満孫の自画像が描かれた掛け軸を紹介する深田志保さん=豊田市宮口町で

  • 父が着ていた衣装をまとい、初代満孫の自画像が描かれた掛け軸を紹介する深田志保さん=豊田市宮口町で
  • 秋の例大祭で奉納された棒の手の演武=豊田市宮口町で
 武術から発生した県無形民俗文化財の伝統芸能「棒の手」の一流派で、1783年に豊田市宮口町に伝わった鎌田流の9代目宗家を、同町の深田志保さん(45)が継承した。240年近い歴史の中で、初の女性宗家が誕生した。(生津千里)
 鎌田流は、一五〇〇年代に日進岩崎城主の家臣が編み出したとされる流派。一七八三年に深田家の先祖、深田佐兵満孫(さひょうみつまご)が初代宗家となり、三河地区に広めた。その後、宗家は代々深田家の長男に引き継がれてきた。
 深田さんは妹との二人姉妹だったため、九代目は深田さんの小学六年の長男翔雄(しょう)君(12)が継承する予定だった。だが、深田さんの父で八代目の卓朗さんが四月に七十二歳で急逝。翔雄君が継ぐには幼すぎると、深田さんの名前が挙がった。
 深田さんは四十年近く日本舞踊を続けており、師範の資格も持っているが、棒の手の経験はない。「宗家は元々男性しかやれないと思っていたので、自分とは無縁だと思っていた」という。
 だが、三十年ほど前から棒の手を習う女子小中学生も増えてきた。深田さんは「女性が宗家になることについて、父は何て言うか分かりませんが」と笑う一方、棒の手を取り巻く状...

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