中日春秋

2020年11月23日 05時00分 (11月23日 05時01分更新)
 映画興行のピークが過ぎた一九六〇年代、映画俳優が自分で製作会社を設立する動きが出てきた。三船敏郎の三船プロ、勝新太郎の勝プロ、石原裕次郎の石原プロなどである
▼三船と長くタッグを組んできた映画監督の黒沢明は三船の会社経営に反対したという。「あの性格で社長は無理だろう。気を遣(つか)う人間が増えて神経をやられるだけだ」(松田美智子著・『サムライ』)。もちろん、成功した作品もあるが、その後、倒産。やはり二兎(にと)は追えぬか
▼三船とはいきさつは異なるが、この人は役者を辞めて、日本を代表する映画会社の経営者として光った。東映の岡田裕介さんが亡くなった。七十一歳
▼プロデューサーとして、高倉健、吉永小百合共演の「動乱」や「天国の駅」などの製作指揮を執った
▼映画初主演は庄司薫原作の「赤頭巾ちゃん気をつけて」。学生運動によって東大入試がなくなった高校生の薫君をリアルに演じていた。あの時代のエネルギーと苦悩する若者を描いた良作であり、岡田さんは不思議な存在感を見せた
▼思慮深く、繊細な薫君がそのまま大人になった印象がある。俳優ではないが、俳優の難しさを知る映画会社のトップ。それは強みとなったはずだ。岡田裕介が俳優を続けていたら、どんな役者になっていただろう。渋く、知的な役者を失ったかもしれぬが、引き換えに映画界は功労者を得た。

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