<美濃飛騨スペシャル> ロックの才能、大垣で どんとさん没後20年

2020年11月22日 05時00分 (11月22日 15時23分更新) 会員限定
高校時代の放送部メンバー。どんとさん(中)、小杉さん(右)、折戸さん=大垣東高昭和55年度卒業アルバムから(折戸さん提供)

高校時代の放送部メンバー。どんとさん(中)、小杉さん(右)、折戸さん=大垣東高昭和55年度卒業アルバムから(折戸さん提供)

  • 高校時代の放送部メンバー。どんとさん(中)、小杉さん(右)、折戸さん=大垣東高昭和55年度卒業アルバムから(折戸さん提供)
  • 「ボ・ガンボス」のボーカルとして名をはせた、どんとさん(左)=ソニー・ミュージックダイレクト提供
 大垣市出身のミュージシャン、どんと(本名・久富隆司)さんが三十七歳の若さで亡くなって二十年。多くのバンドマンに影響を与え、今では生前を知らない世代にも親しまれる。大垣では、どのような生活を送っていたのだろうか。当時の関係者を訪ねた。 (大沢悠)
 どんとさんは一九八九年にCDデビューした「BO GUMBOS」(ボ・ガンボス)のボーカルとしてロック界に名を残した。奥田民生さんや岸田繁さん(くるり)ら人気ミュージシャンも曲をカバー。唯一無二の存在として、支持され続けている。
 どんとさんは大垣東高校卒。同校は一九七四年創立で、どんとさんが入学した当時は、創設されてまだ五年目だった。一年時の担任で、今は名古屋市に住む田中万寿さん(77)は、後にロック界の寵児(ちょうじ)となる少年の姿を鮮明に覚えていた。
 ロングホームルームの時に机を後ろに片付け、...

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